ビジネスジャーナル > 社会ニュース > メディアはなぜ米国の終戦気付かない
NEW

日本のメディアは、なぜ米国の“終戦”に気付かなかったのか?

【この記事のキーワード】,
日本のメディアは、なぜ米国の“終戦”に気付かなかったのか?の画像1筆者が米ニューヨークで撮影(2011年9月11日)

 2011年9月11日、この日がアメリカ国民にとって何を意味する日か気付いた日本人が、一体何人いるだろうか?

 ここに同日直後の週末に撮った1枚の写真がある。警官と観光客が仲良く写った集合写真。この写真を見て、皆さんは何を読み取るだろう?

 この写真が撮られる10年前の01年9月11日、あの衝撃的なアメリカ同時多発テロが発生した。パールハーバー以来、いや初めてのアメリカ本土攻撃ともいえる経験をしたアメリカ人は、「自分の住んでいる場所が戦地に変わる恐怖」を味わい、日々の生活でもテロの恐怖に怯えることとなった。

 その閉塞感は、平和ボケした日本人には伝わりにくいかもしれない。しかし、このテロが知らしめたのは、航空機の安全だけの問題ではなかったのだ。毎朝の通勤電車も、セキュリティ万全と信じていた高層ビルに入ったオフィスも、週末の買物でにぎわうショッピングセンターも、日常生活すべての公共的な場所が絶対的に安全な場所ではないこと、テロの対象となりうることを思い知らされたのだ。この重すぎる現実が、アメリカ経済に無言の重圧をかけたことは隠しようのない事実だった。

 その事件以来今日まで、私は毎年春秋と2回マンハッタンを訪れ、ワールドトレードセンター跡地やウォール街、タイムズスクエア等を定点観測している。これはアメリカ社会と経済が、この未曾有の被災体験をどう乗り切るかを見極めたいと思ったからだった。

 日本人から見ると気恥ずかしいほど、自宅に、クルマにと、日常的に星条旗を掲げ、愛国心を高らかに語ることをいとわないアメリカ人。その最強最善と信じる祖国の誇りとプライドを打ち砕かれた衝撃は大きい。絶対的に無敵のチャンピオンが、無名の新人にノックアウトを喰らったのと同じ気分だったことだろう。

 どうやって誇りと自信を取り戻すのか、私は少々意地悪く、萎縮した生活を送る彼らを観察していた。それは、日頃自分が殴ることはあっても、相手に殴られることはないという、少々鼻持ちならない過信と独善的な姿勢が気に入らなかったこともある。

●怯えるアメリカ

 さて、その日から、拳を振り回すだけの無敵のチャンピオンの姿は、ガード一辺倒に変貌した。一夜にして強化されたアメリカ国内各空港でのセキュリティチェックは、滑稽なほど。靴や上着を脱がせるのはもちろん、100cc以上の液体の機内持ち込み禁止や、外国人の指紋採取も当然のこととなったのはご存じの通り。それでも飽き足らないらしく、過剰な持ち物チェックで、手みやげに持参した「とらやの羊羹」をプラスチック爆弾だとでも思ったのか、盾を持った重装備の警備員が大勢で取り囲む姿は失笑ものだった。

「アメリカは怯えている。テロではなく、テロの影に怯えている」そう感じずにはいられなかった。一時はフライト3時間前に空港に着かなければ搭乗に間に合わないような異常事態、この間の経済的損失はテロでの被害額など比べ物にならないほど甚大だろう。

 実際、街の風景も変わった。浪費を美学としていたアメリカ市民が節約傾向に、自粛モードなのか消費も行動も控えめになったのには驚いた。アメリカ国内の旅客機の利用がテロを恐れ激減しているのは数字で知っていたが、週末のタイムズスクエアが火の消えたように人気がなくなったことに、数字以上の事体の深刻さを肌で感じた。

 この後の不幸な出来事については、今さら深く触れるまでもないだろう。軽く並べるだけでも、報復攻撃ともいえる03年のイラク戦争。この混乱に伴う原油価格の高騰。アルカイダの再報復テロ。そして08年のリーマンショックへと続く。この年には世界各国で24もの航空会社が倒産。今は再上場して平然とした顔をしているが、我が国でも10年に日本航空が倒産の憂き目に遭っている。

●生き延びるのに必死だったメディア

 さて、この時期以降、バブル崩壊、阪神淡路大震災等の傷が癒えていなかった我が国の経済は、歯止めを失ったように、奈落の底に落ちて行った。アメリカや世界での不幸の連鎖に加え、今なお継続中である11年の東日本大震災という痛恨の大災害。企業のみならず多くのアナリストやメディアが日々を生き延びるのに必死で、海外の動きに目を向ける余裕や予算などなかったと言えばその通りだろう。

 ただそれが近視眼となり慧眼を失ってよい理由にはならないハズだ。ましてや、時代の水先案内人であるハズの舵取り人までが、自ら動かないことを美徳としてしまっては本末転倒だ。

 実際、最近の10年間、私が世界各地の取材現場で出会うメディアやアナリストの顔ぶれば、いつも決まっていた。アメリカ、イギリスの常連組に加え、必ず顔を合わせるのが情報に飢えた中韓のメディアと、貪欲な投資コンサルの連中だけだった。予算や規模縮小の一方の日本メディアやアナリストは、現地関係者に取材を丸投げで、現場で出会うことはまずなかった。これでは機を見て敏に動けるはずがない。

 大手メディアや著名なアナリストでもこの体たらくなのだから、予算のないに等しいネットニュースなど話にもならない。海外のニュースサイトからの引用や転載はあたりまえ。記事を現場で自分の目で見、肌で感じて書くという取材の大前提はまったく無視されている。

 一見同様に見えるが、1次配信者と、その情報を利用して2次配信する者とは、天地の差がある。例えるならルイ・ヴィトンと、コピー商品のルイビチョンくらいの天地の差だ。私はその差が見抜けないこと、違和感を感じないことに危機感を感じるのだ。

●本当の“終戦”

 さて、長くなったが、最初の写真の示す意味をお知らせしよう。あの9・11のテロ以降、アメリカの警察官は、顔の映った写真を撮らせることをしなくなった。これは、警官自身がテロの標的となったり、警備情報等の漏洩を狙ったテロリストたちからの買収対象となることを恐れたからだ。カメラを向けると乱暴に手を突き出してやめさせる光景は、日常となっていた。したがって、この10年間にNYCで写真に撮られた警官の顔は皆一様にしかめ面。こんな単純なことは、定期的に現場に通っていれば誰でも気付くことなのだ。

 2011年5月2日、アメリカ最大の敵であったウサマ・ビン・ラディンは、米海軍特殊部隊の急襲によって倒れた。アメリカ国民は、このテロの元凶の排除の吉報に驚喜したが、同時にアルカイダによる再報復を恐れずにはいられなかった。

 その恐怖から同年9月11日、アメリカ全土に「テロ10周年の日に、アルカイダによる最後で最大規模の復讐テロが起きる」とのまことしやかな噂が駆け巡っていた。しかしテロは起こらなかった……。もちろん大小のテロ計画は実在したが、実現には至らなかったのだ。これは、アメリカが10年を費やした撲滅作戦でアルカイダを弱体化させたことが大きいのは間違いない。復讐の大きな連鎖は終結したのだ。まさに“終戦”という言葉がアメリカ国民の頭をよぎった瞬間だった。

 この日のあと、最初の週末のタイムズスクエアの人出とにぎわいは凄まじかった。まるで10年分の鬱憤を晴らすように、アメリカ中から吹き出すエネルギーを感じずにはいられなかった。そこには、にこやかに観光客との撮影に応じる警官たちの姿があったのだ。アメリカの経済は、今から確実に回復に向かう! 私がそう感じた瞬間だった。

 この日の警官の写真を何人かの日本の経済誌の編集者やアナリストに見せたが、的確な反応があったのは、たった一人だけだった。予算がないことだけを理由に、卓上で株価のグラフとレポート記事だけを見て小言を垂れる専門家は、自腹で現場に出て目と肌で判断するべきだ。ネットで企業の業績を検索する時間があるなら、タイムズスクエアで韓国メーカーの看板の数の増減を数えてみればいい。たった半年で、この街のビルボードが、どれほど変化するかに驚くことだろう。現場に触れていないから、ご自慢の勘が鈍るのだ。

 風が吹いたらどうなるのかを予測するなら、素人でもできる。どんな風が吹くかを読むには、足を運ばねばならない。海外のメディアやアナリストが私と話すことを好むのは、私が実際に世界各地に自ら足を運んで取材していることを知っているからだ。足を運ばない日本の専門家に限って、私が見てきたことを、机上のデータを見て「あり得ない」と否定するのがオモシロい。

 2011年9月11日はアメリカの終戦宣言の日だった。あの週末の光景を見て、私の横で「Reborn!」とうなった中韓企業相手のアナリストや投資コンサルたちは、現在も破竹の勢いで業績を伸ばしている。対していまだ現場で出会うことのない我が国の机上の戦士たちは「いつまでも続くわけがない」と、彼らの活躍への皮肉に終始している。敗因のわからぬ者には、対策の打ちようもない。次の勝利も訪れるわけもないというのが私の自論。さて、この現場主義のドン・キホーテの声が、いつか彼らに届く日が来るのだろうか……。
(文=近兼拓史/国際ジャーナリスト)

日本のメディアは、なぜ米国の“終戦”に気付かなかったのか?の画像2

●近兼拓史(ちかかね・たくし)
元西宮エフエム放送代表取締役。米ハリウッドのインストラクターや、日米一流メーカーの商品開発アドバイザーも務める国際ジャーナリスト。NYとLAを拠点に、自身で世界を飛び回る取材には定評がある。著書に『80時間世界一周』(扶桑社)など。

BusinessJournal編集部

Business Journal

企業・業界・経済・IT・社会・政治・マネー・ヘルスライフ・キャリア・エンタメなど、さまざまな情報を独自の切り口で発信するニュースサイト

Twitter: @biz_journal

Facebook: @biz.journal.cyzo

Instagram: @businessjournal3

ニュースサイト「Business Journal」

日本のメディアは、なぜ米国の“終戦”に気付かなかったのか?のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!