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エンタテインメント小説で東日本大震災を描く意味とは? 想像を超える過酷さと行政の限界

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0629_sinkanjp.jpg※画像:『共震』著:相場英雄/小学館

 累計28万部のベストセラーとなった『震える牛』(小学館)など、元新聞記者という経験を生かし、社会の暗部に切り込んだ小説で話題を呼んでいる作家・相場英雄。そんな同氏が、またまた“問題作”を上梓した。

 最新作『共震』(同)は、2011年3月11日(以下3.11)に起こった東日本大震災の、今なお続く被災者の厳しい生活をテーマにしたミステリー小説。エンタテインメント作品という体裁を取りながらも、世のマスコミが出さない被災者の声や、現地で起きている問題・事件を、精緻な取材で描き出している。

 かねてから東北地方を旅して現地で交流を深め、3.11以降は、芸能人や作家が行かないような町や村にも、しっかり足を運んだという同氏に、本作出版への思いや、決して報じられることのない被災者の感情などを聞いた。

●小説の間口の広さを使って、被災地の現状を訴えたい

 最新刊の『共震』の執筆は、もともと、他社のWeb媒体で持っている連載がきっかけでした。東日本大震災のルポルタージュを、現地で取材しながら連載していたのですが、ノンフィクションではなく、小説の形で発表したくなって。前に出した『震える牛』の打ち上げの席で、小学館の担当編集者の上司に「小説にさせてください!」と直談判しました。

 それというのも、現状、ノンフィクションだと、本がなかなか売れないんです。その上、Webの連載でも、3.11から時間がたつにつれて、担当者から「震災ネタだと、ページビューが伸びません」と言われました。あれはキレましたね(苦笑)。実際、被災地のひどい状態は、現在進行形で続いています。あの大震災は、全然終わってないんですよ。

 だから、震災に対する感覚は、現地の人たちと東京などのほかの地域との温度差がすごくある。一度でも被災地を訪ねたら、ページビューがどうのとか言っていられませんよ。その温度差を、なんとかして埋めたかった。日本中に、あらためて被災地の現状を知ってもらいたいんです。ノンフィクションでは難しくても、小説という間口の広い読み物なら、たくさんの人に読んでもらえると思います。この小説を書いた基本的なスタンスは、日本の食品加工の歪んだ構造を描いた『震える牛』と同じです。

 ストーリーはフィクションですが、主人公の宮沢(賢一郎)が被災地で体験する話は、ほとんど実話。冒頭の結婚式の話は、津波で家族を失った人から、僕が実際に聞いたエピソードです。子供用の紙おむつが一番足りなかったり、宮沢が何気なく「頑張ってください」と励ましたら、相手の方が「これ以上、何を頑張れと……」と泣き崩れるエピソードなど、全部現地で聞いた話を元にしています。居酒屋の店主が、せきを切ったように震災について話しだすシーンは、石巻で僕と担当編集者が体験した場面を、そのまま描きました。

 それから、被災した陸前高田市の人たちが、故郷の復興モデルを学ぼうと、阪神大震災で壊滅的な被害を受けた神戸を訪ねた時の話も印象的でした。彼らはその時、阪神大震災でボランティアをした人から「とにかく皆さん、ゆっくりやらんともたんで」と言われたそうです。その言葉は、『共震』の大きな謎を解くキーワードとして使わせてもらいました。

●作家の想像さえも凌駕する、圧倒的な被災地の状態

 僕ら作家が苦労して考え出した“嘘”を、津波と地震を生き抜いた現地の人たちの言葉は、あっさり越えていくんです。小説家がひっくり返るような重い言葉を、そこらの漁師の母ちゃんが淡々と話す。ものを書く側の価値観というか、既成概念を、まるで壊されてしまった感じでしたね。『共震』は、東北の人たちの言葉を、ひとつずつ丁寧に拾って、小説に使わせていただく作業だったように思います。

 東京のメディアは、そういう生々しい言葉を、伝えきれてないんじゃないか。芸能人が被災地を電撃訪問したとかチャリティーライブやったとか、そんなニュースはどうでもいい。震災直後にお笑いコンビのサンドウィッチマンが、テレビで堂々と「僕らなんて映さなくていいんです。避難所の中をグルッとカメラで回って撮ってください!」と言ったでしょう。あ、こいつらは本物だなと感心しました。

 また、行政側にも、首をかしげるような対応がいっぱいありました。『共震』で起こる事件は、僕のつくり話ではありますが、あんなふうに被災者の弱みにつけ込んで、金儲けを企むヤツらが実際にいましたからね。そういうヤツらを排除できなかった行政のシステムには、大いに不満があります。

 小説の冒頭で殺される県職員の早坂順也は、被災者のために身を尽くした立派な人として描いていますが、実際には、あんなに清廉な人物はいません。少なくとも僕は会ったことがない。震災当時、ある沿岸の市長は市長室にこもりきりで泥だらけの職員を中に入れたがらなかったり、別の壊滅的な被害を受けた町の市長は頑張ってると思っていたけど、町の人から評判を聞くとそうでもなくて。小説の登場シーンを書き直さざるを得なかったりしました(苦笑)。早坂は、困った人たちを助けてくれなかった行政への皮肉の裏返しで、つくり出した人物ともいえます。

 実際、僕が被災地で見聞きしてきた現実は過酷すぎて、小説家の想像が入り込む余地が、ほとんどありませんでした。作中での事件以外は、すべてノンフィクション。被災地での現実をエンタテインメントの枠を借りて、多くの人に読んでもらうのが、『共震』での僕の使命だったと思います。

 作品を仕上げる際に、宮城・ 福島・ 岩手の3県の書店員さんたちに、ゲラの段階でチェックしてもらいました。地震と津波を経験された人たちがOKを出してくれるクオリティでないと、この小説の意味がない。チェックを受けて、だいぶ書き直した箇所もあります。3.11について書こうとしている作家はほかにもいるかもしれませんが、この本が出たことで、相当ハードルが上がったと思いますよ。僕ぐらい被災地に足を運んで、いろんな人たちの言葉を拾って、ストーリーを練り込んだ作家はいないでしょう。相場英雄の後に、生半可なものは書けないという覚悟でいてください。

 最初にも言いましたが、ノンフィクションの本は本当に売れないです。どんなに大事なメッセージを込めても、ノンフィクションというだけで、世間はそれほど注目してくれない。だけど「売れないのなら、売れるように書いたらいいんだ」というのが僕のルールであり、方程式です。

BusinessJournal編集部

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『共震』 現地で取材を重ねてきた著者が、被災者の心情や震災を利用した犯罪を交えながら描いたミステリー。 大和新聞東京本社の遊軍記者である宮沢賢一郎は、東日本大震災後、志願して仙台総局に異動する。沿岸被災地の現状を全国の読者に届ける毎日のなか、宮沢とも面識のある県職員が、仮設住宅で殺害された。被害者の早坂順也は、復興のために力を尽くしてきた人物だったのだが……? 発売/小学館 価格/1575円 発売中 amazon_associate_logo.jpg

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