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「【小説】巨大新聞社の仮面を剥ぐ 呆れた幹部たちの生態<第2部>」第44回

定年後でも再雇用で年収1000万円の巨大新聞社 煙たい記者は追い出し部屋で飼い殺し

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「Thinkstock」より
 【前回までのあらすじ】
 業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。吉須と4ケ月ぶりに再会した夜、ふたりが見かけたのは、社長の松野が愛人との密会現場だった。そして、吉須からは例の手紙を預かった……

 吉須晃人と別れた深井宣光は、地下鉄水天宮前駅へ下る出入口に向かった。ホームは人もまばらだった。すぐに、各駅停車が来た。車両の一番隅の席に腰を下ろし、胸ポケットから〝差出人不明の手紙〟を取り出した。想像通り趣旨は同じだったが、一応書き分けられていた。同じなのは最初のパラグラフだけで、第二パラグラフ以下は吉須のことが書かれていた。

 《さて、私は吉須先輩と違い、政治部畑の記者です。先輩が大洋海運の倒産をスクープするなど日亜新聞経済部のエース記者として活躍されていたことはよく知っています。大洋海運の実質的なオーナーだった自由党の派閥の領袖、東野一郎の率いる〝東野派〟の担当だったからです》

 《私は、先輩のスクープは報道協会賞に選ばれて当然の記事だと思いましたが、選に漏れたと聞き、先輩記者たちにその理由を尋ねました。協会賞候補としては挙がっていたそうですが、大都が『東野派追い落としを狙った他派閥からのリークで、報道協会賞に値しない』と強硬に主張、日亜も候補を取り下げたのだそうです》

 《私は不審に思いました。先輩の名前を政治家たちから聞いたことが一度もなかったからです。他派閥からのリークで東野派の追い落としに加担する記者なら、自由党の政治家たちが酔った勢いで先輩に言及することがあるはずです。しかし、それが全くない上、同世代の経済部の記者によれば「がつがつしたところが全くない」「年に2~3本しか書かない記事が、すべてスクープになる」というのが先輩に対する評価で、ご自身は常々「リスクを背負って勝負するときの快感がたまならない」と言っていたと聞きました》

 《リークで手柄を立てようなどと考えるはずはないのです。先輩の取材手法について、ある人は『特捜検事のような筋読みに基づく取材』と解説していました。私は先輩のような記者にはなれない、と痛感しましたが、羨ましくもありました…》

 深井は、吉須が大洋海運を倒産に追い込んだ記者だと聞いた記憶があったが、大都がそれに横やりを入れていたことは知らなかった。

●上層部にとって煙たい存在は飼い殺しにされる

 深井は永田町駅で南北線に乗り換え、武蔵小杉駅に帰るつもりだった。しかし、大手町駅から永田町駅は四つ目だ。全部読めるはずはなかった。南北線に乗り換えず、半蔵門線で渋谷駅に行き、東横線で帰ることにした。先に進むにつれて、サラリーマンがたくさん乗り込んできたので座席は埋まり、つり革につかまる立ち客も増えた。隠すように読み進めた。

 《先輩は、金融界と財務官僚に幅広い人脈を築いた財政・金融の専門記者として、すでに有名でした。一部では、財研キャップ・日銀キャップを歴任し、将来の編集局長候補と目されていましたが、日亜社内とりわけ上司にとっては“煙たい存在”との声も聞こえていました。取材相手には、がつがつせずソフトな語り口で好感を持たれていたとのことですが、日亜社内では『歯に衣着せぬ舌鋒、上司相手でも手を緩めない』という激しさだったからです》

 《しかし、先輩は一部の予想通り、財研キャップ、日銀キャップを歴任、日亜経済部デスクになり、1995年以降の金融危機に際しては、日々新聞社経済部の司令塔として、銀行の破綻や経営統合等、数々のスクープをリードしました。私は、吉須先輩が将来の日亜を背負って立つなら、日本のジャーナリズムにとっていいことだ、と勝手に思っていましたが、現実には先輩は消えていなくなってしまいました》

 《経済部デスクになった頃から、先輩は日亜の市場原理主義信奉路線に違和感を覚えるようになり、97年に編集委員を志願、自らラインから外れたのです。最初のうちは、深刻化する金融危機への対処策として公的資金投入による大手金融機関の救済を主張し、『潰れるところはどんどん潰せ』という米国の主張に同調する主流派と対立したそうですね》

 《先輩は、日亜の主流派にとって『煙たい存在』でしたから、記事を書くスペースを与えられないようになりました。編集委員の仕事がなくなったわけですが、先輩は『何もしないで高額報酬をもらえるなら、それに越したことはない』と考えていた、と私は見ています》

 《飼い殺しにへこたれることもなく、旧知の取材先と懇談したり、飲んだりする日々を送っていたそうですね。多分、相当な特ダネのネタを持っていたんでしょうが、すべて腹の中にしまいこんだんでしょう。そして、58歳になると、ジャナ研首席研究員として出向させられたのです。『孤独で饒舌なニヒリスト』の面目躍如ですね》

 《定年後は再雇用制度により、64歳までの5年間、週3日勤務の嘱託として年俸600万円で継続雇用されているのです。企業年金が300万円あるほか、アルバイト扱いなので、60歳から64歳まで厚生年金も約100万円支給されます。合計約1000万円の年収で64歳までは悠々自適の生活が保障されているんですね》

 《先輩は出向すると、過去の取材メモに基づく金融業界の盛衰を1000ページの大著にまとめ、定年後は気が向いたときしかジャナ研に出勤せず、旅行三昧の日々を送っているそうですね。第一の人生は終わった、と感じているのかもしれませんが、先輩にはまだジャーナリズムの世界に残って欲しいのです》

●愛人、不倫、パワハラ、やりたい放題

 《先輩は、とっくの昔にジャーナリズムに絶望しておられるのでしょう。でも、もう一度、ジャーナリズムのために活動する気になって頂けないでしょうか。まさに『孤独で饒舌なニヒリスト』が求められているのです》

 最後のパラグラフは深井宛の手紙と全く同じ、追伸も同じだった。4枚目はやはり「別紙・参考資料」だったが、そこに載っていたのは吉須の日亜で最近起きているスキャンダルや不祥事だった。自分宛てのは既知のことばかりだったが、吉須宛て資料は、日亜に限ったものなので新鮮だった。知らず知らずに引き込まれ、丹念に読んでしまった。