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消失したインタビュー嫌いのジョブズの映像、映画化へ〜失意とアップル躍進への決意

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映画『スティーブ・ジョブズ 1995 〜失われたインタビュー〜』
 2011年にアップル創業者で元CEOのスティーブ・ジョブズがこの世を去って、2年になろうとしている。ジョブズはインタビュー嫌いとして知られ、雑誌のインタビューはもちろん、ジョブズのインタビュー映像は驚くほど少ない。親日家として知られ、10年にプライベートジェット機で日本にお忍びで来日するまで何十回も日本を訪れていたというのに、日本でインタビューに成功したメディアも非常に少ない。

 そんな彼であるが、当時NeXTのCEOであった1995年に、アメリカの『Triumph of the Nerds』というドキュメンタリー番組に出演した。しかし、実際に使われたカットは少なく、収録された映像の大半はお蔵入りし、本番で使われたマスターテープも消失して日の目を見ることはなかった。

 しかし彼の死後である2011年、この番組を監督したポール・センのガレージから、編集されていないインタビュー全編を丸ごとコピーしたVHSテープが奇跡的に見つかったのだ。このテープはジョブズの単独インタビューで、大変に貴重なものだ。16年ぶりに甦ったこの映像は、11年にアメリカ19都市で公開されたが、今年のジョブズの三回忌に合わせ、日本でも9月28日から公開される運びとなった。

●アップル暗黒期に収録された貴重な映像

 このインタビュー映画は大変に濃い内容で、とても1回見ただけでは咀嚼できないほどジョブズの貴重な言葉で埋め尽くされている。それらの言葉の1つひとつは、彼の明快、かつ一貫したビジョンを示している。

 インタビューは、幼少期を経て共同設立者であるスティーブ・ウォズニアックとの出会いとアップルの創業、Macintoshの発売、そしてペプシコ会長だったジョン・スカリーを説得してアップル社に招いたものの、逆にスカリーによってアップルを追放されるという話に及ぶ。その表情は実につらそうだ。

 ビジョンを達成できぬまま自分が興した会社をクビになるというのは、実に残酷だ。85年、彼はその後NeXTというワークステーションを扱う会社を興したが、商業的成功は果たせなかった。後に05年のスタンフォード大学での卒業式スピーチで、「私は落伍者となり、シリコンバレーから逃げることも考えた」と言わしめるほどの失意を味わった。

 それから10年がたち、ジョブズなきアップルは経営的に行き詰まり、新しいOSすら開発中止となっていた。ジョブズは瀕死のアップルを目の当たりにし、自社開発のNeXTSTEPをベースにしたOS(Mac OS X)を次期OSとして、アップルをよみがえらせようとしていた。それが、このインタビューが行われた95年という年だ。

●アップル再建の強い決意が見える

 インタビューの中で、ジョブズは若い頃の話を始める。芝刈りのバイトで出会った老人が古い研磨機をジョブズに見せ、なんの変哲もない石ころが大きなうるさい音をたててこすれ合い、翌日には驚くほど美しく磨き上がった石になっていたという。「ずば抜けた才能を持つ者が集まって、ぶつかり合い、議論を戦わせ、喧嘩して怒鳴り散らす。そうやってお互いを磨き合い、アイデアを磨き上げて美しい石を創り出す。私にとってはこの体験こそが、情熱を持って働くチームの象徴なんだ」と。

 実際、ジョブズは信念を持って反論してくる社員を評価しており、ハードな論争を好んでいた。彼とやり合えるほどの実力のある社員は限られていたが、ジョブズはたびたび激昂し、こてんぱんに罵倒し合うということは日常茶飯事だったらしい。

 そんなジョブズだったが、インタビューの1年後にアップルに出向き、NeXTSTEPを同社の次期OSとして採用するという話をとりつけ、自ら暫定CEOとして同社の再建に乗り出すことになる。その強い意志がインタビューから見て取れる。

 今日のアップルがあるのはまさに、この「情熱を持って働くチーム」をジョブズ流のビジョンで実現させたことにある。それは、97年の「Think Defferent(固定観念を破って、新しい発想をしよう)キャンペーン」という大々的なプロモーションに始まり、iMac、Mac OS Xの登場へと続き、いずれも大成功を収める。その意味でも、この映像はこれらの出発点におり、画期的なイノベーションを思い描いていたジョブズを知る上で非常に貴重なものといえる。

●映画を観るに当たって知っておきたいもう1つのこと

 このインタビュー映画を観るに当たり、押さえておきたいことがもう1つある。

 それは、当時のコンピュータ業界の動向だ。95年という年は、インターネットの普及と共に、マイクロソフトのOS・Windows 95がデビューしたという重要な年だ。これは、Windowsがパソコンの世界標準OSになったことを意味する。

 筆者はこの年、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大のコンピュータ展示会「コムデックス」の取材に出向いたが、会場はWindowsで埋め尽くされ、当時のマイクロソフトCEOだったビル・ゲイツのWindows 95発表の基調講演会場には、長蛇の列ができていた。それと対照的だったのがアップルのブースだ。展示されていたのは、Mac OSが動く格安互換機ばかり。訪れる人もまばらで、もはや、創業期のジョブズの先鋭的なビジョンは跡形もなかった。

 インタビューでジョブズは「アップルは苦しみながら死に近づいている」と語っている。しかし、彼は言葉を重ねる。「最高のものをつくってそれを広め、皆がより良いものに触れて成長するようにしないと。それでこそ、違いがわかるようになる」。それは真実となった。かつてのIT界のスターだったビル・ゲイツは引退し、ジョブズ率いる同社は新しいアイデアにあふれる製品やサービスを次々に生み出し、誰もがそのすばらしさを実感するようになった。

 常に進化を続けるMac OSと共に、現在のUltraBookの原型となった薄くて軽いMacBook Air、iPhone、iPad。これらは、ジョブズと彼が率いるチームの類いまれな才能と先見性の高さ、英知の結晶といえる。「もう終わりかもしれない」、そう思われていたアップルをよみがえらせ、ここまで成長させたジョブズの凄さ。それはもう奇蹟としか言いようがない。

 ジョブズだから可能だったこと。確かにそうかもしれない。だが、100%成功する闘いなんてありはしない。このインタビューはまさに、ジョブズが全人生を賭けた闘いを挑む直前に収録されたものだ。決してあきらめない。がんを宣告されても最後の最後まで戦い抜いた。それがジョブズだ。世界的に政情・社会不安が蔓延する今の時代だからこそ、苦境に立ち向かおうとする若きジョブズの言葉に、じっくり耳を傾けたい。
(文=池田冬彦/ライター)