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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第39夜】

交通事故で危篤状態の男性は、なぜ奇跡的回復を遂げたのか?ある父と家族の記録

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NNNドキュメント』公式サイト(「日本テレビ HP」より)
 ドキュメンタリー番組を日々ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で“裏読み”レビューします。

【今回の番組】
 10月6日放送『NNNドキュメント~くちパクでI Love You 全身麻痺の父と家族の記録』(日本テレビ系)

 スターダストレビュー、ビリー・ジョエルが紹介程度ではなく、明確な意図を持って流れていた。10月6日放送の『NNNドキュメント』は日曜の深夜にもかかわらず、まるで音楽ドキュメンタリーを見ているような気分になれた。音楽と映像が、生きる道具として活用されている様が伝わってきて、ドキュメンタリー制作者としては「作品づくり」という観点でしか映像を撮れていないことを実感させられた。

 島本敬士(53)さんと家族にとって、映像はコミュニケーションの道具だった。番組で紹介されるそれには、旅の思い出が詰め込まれている。デジタルビデオテープの山には、ディズニーランドで笑う幼い息子たちの姿や、柳川の川下りを楽しむ様子などが残されている。

 父親が回すカメラの視点は、プロには撮れない温かいまなざしが感じられる。また音楽は夫婦の愛を伝える道具でもあった。妻の桂代(47)さんが好きだったスターダストレビューのコンサートに敬士さんを誘ったことで2人は距離が縮まり、結婚に至ったという。

●危篤状態からの回復

 敬士さんは5年前に交通事故に遭い、危篤状態に陥った。その時、桂代さんは夫の耳元でこの思い出の曲を聞かせ続けた。そして敬士さんは意識を取り戻した。奇跡ともいえる回復だが、声を失い、首から下は動かせない状態。自発呼吸ができないため、気管切開をしたのだ。ハンディカムカメラが、その当時を撮影していた。

 カメラを回しているのは桂代さん。麻痺のため、表情はわかり難いがカメラを止めるように訴える敬士さんに対し「もういいとか言いなさんな。自分が頑張っている姿を後で見るのもいい」と言い張る。この記録が、いつかいい思い出になることを信じているし、そうならなきゃいけないと覚悟を決めているように思えた。

 番組スタッフが当時の撮影をしていたわけではないが、現在の桂代さんの付き添いを見ていると、相当な困難があったことが想像できる。そして2人の息子たちも父と母を支えている。長男は「お父さん、お母さんというよりも夫婦ということを感じた」と語り、次男は「自分たちが生まれる前も、こんな感じだったのかな」と想いをはせる。困難が家族の新しい一面を引き出したことは間違いない。「ベタな言い方かもしれないですけど、自分もそういう夫婦になりたいな」とまで言う弟に対し、兄はこらえ切れずに笑ってしまった。でも、そんな様子が自然で美しい。

 敬士さんはリハビリのかいもあって驚異的な回復力を見せる。自発呼吸も可能になり、口も動かせるようになった。そして桂代さんの誕生日には、息子と病院のスタッフを巻き込んでサプライズのお祝いまで計画する。桂代さんがカメラを回しながらも涙をこらえる様子が伝わってくる。

●言葉以上に伝わる心

 そこで歌われたのがスターダストレビューの「めぐり逢えてよかった」。固定カメラをまっすぐに見据えて、くちパクでラブソングを歌う敬士さん。

 「特別なこと 何ひとつだってあったというわけじゃないけれど、運命みたいなものを感じたことはあったよね」

 声は出せなくても、大きく口を開けて歌う姿が実に感動的だった。想いがストレートに伝わってきたからだ。桂代さんはその日のことを「うれしい9割、恥ずかしい1割」と振り返り、笑っていた。その笑顔は、かつての家族旅行の頃とまったく変わっていない。

 自宅へと移り、家族は介護士の助けを得ながら生活をしている。だが、それでも足りないのが実情だ。事実、撮影している時でさえ桂代さんと長男が敬士さんを車いすに乗せることもできず、思わずディレクターが「手伝いましょうか」と声をかけていた。テレビドキュメンタリーの撮影でディレクターが画面に登場するのは、通常あり得ない。しかし、助けずにいられない気持ちも視聴者にはわかる。

 敬士さんは「父親として頑張らなきゃと気持ちでは思っているが、体がついてこない」と悩みを口にする。しかし、その想いは確実に伝わっているはずだ。次男は毎晩父の隣で眠り、介護を助けている。長男も実家の近くへの就職を決めた。「父親の近くにいて安心したい」から。敬士さんも本を執筆し、講演活動を始めている。その横には桂代さんがいる。「心配させすぎて申し訳ないと思っていましたけど、私はこうやって生きていくことで何かお役に立てるのかもしれない」。それは間違いないと思う。家族の「今」が、それを証明している。

 敬士さんの生活には映像と音楽が近くにあり、生きる力へと昇華されていた。撮ること、歌うことの意味を教えられた気がする。
(文=松江哲明/映画監督)