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軍艦島、立入禁止区域上陸レポート~元島民が世界遺産登録活動を行う理由とは?

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 2013年8月、観光上陸が開始されてからの4年半で軍艦島(長崎県・端島)を訪れた観光客が40万人を突破した。

 政府は9月17日、15年の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録に向けて、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」(福岡、長崎などの8県)を推薦することを決定した。軍艦島は、その構成資産のひとつとなっている。良質な強粘炭(石炭)を産出し、日本の近代化を支える炭坑のひとつだった。

 現在、軍艦島には、長崎港から4隻の観光クルーズ船が就航している。シーマン商会のクルーズ船である「さるく号」に乗って、土日祝を中心にガイドをしている元島民で「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本道徳さん(59)は、島に上陸すると、体に固定したハンドマイクで熱弁を振るう。

大正5年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート住宅である30号棟の前でガイドをする坂本さん
クルーズ船「さるく号」でやって来た観光客は、坂本さんの話に聞き入っていた

●日本の近代化を支えた炭坑のひとつだった

 「私たちは、今から39年前に、この端島を捨てていかなければなりませんでした。船が島を離れて行く時に、小さなお子さんを抱きしめたお母さんが、『これが見納めだから、しっかりと見ておきなさい』と言っていました。今、この島に来られる人の中には、ここがどんなところであったか知らない人もいます。『廃墟の島、軍艦島。廃墟、廃墟、廃墟…』と言いながら来られる人もいます。しかし、ここは日本の近代化や戦後復興を支え続けてきた島なのです」(坂本さん)

自宅前に置かれていた郵便ポストと学生時代に使っていたノートを手にする坂本さん
窓の近くには、父がつくってくれた部屋があった。65号棟は、総戸数300以上の軍艦島最大の集合住宅だった