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神保哲生×宮台真司「マル激 TALK ON DEMAND」 第83回

オリンピック商業化が生み出した功罪「JOCが広告代理店に」

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――2020年に東京での開催が決定したオリンピック。早速「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室」が設置されるなど、着々と準備が進んでいる。しかし、近年オリンピックの商業化に批判があがっていることも事実。果たして、オリンピックが生み出した功罪とは? スポーツライターの小川勝氏と共に議論を深めていく。

[今月のゲスト]
小川 勝[スポーツライター]

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『オリンピックと商業主義』(集英社)

神保 今回のテーマはオリンピックです。東京オリンピック開催が決まり、盛り上がっているときに、あまりネガティブな話はしたくはないという気持ちはあります。しかし、オリンピックを見ていて、それぞれの競技に感動する一方で気になってしまうのが、メダルが期待された選手たちが負けたときに発する「すいません」の一言です。なぜ、「悔しい」とか、「やるだけやったので満足です」のようなアスリートらしいさわやかな言葉ではなく、「すいません」なのか。多額のお金を掛けて、アスリート自身の気持ちがどうこうよりも、企業やサポートスタッフなど大勢の人を巻き込んで臨んだのに、皆さんが満足する結果を出せなくてすみません、という気持ちが先に立っているような印象を受ける。元々アマチュアスポーツの祭典だったオリンピックが、あまりにも大きなお金が動くようになった結果、なんのためのスポーツでなんのためのオリンピックなのかがわからなくなっているところはないか。そして、あまりにも大きなお金が入ってきた結果、ドーピングをしてでも勝とうとする人や、体に過度な負担を掛けたり、怪我を押してまで、無理矢理競技を続けなければならなくなってしまっている選手まで出てきているのではないか。そういうことも含め、今日はオリンピックを迎えるにあたり、われわれは「ただ感動していればいいのか」をあえて問うてみたいと思います。

宮台 ナショナリズムからコマーシャリズムへ──あるいはナショナリズムを利用したコマーシャリズムへ──という変化が重要です。第二次大戦の時代は1940年のベルリンオリンピック、1944年の「幻の東京オリンピック」など、枢軸国が国威発揚のためにオリンピックを利用しました。博覧会からオリンピックへと「政治の祭り」が展開していった果てのことです。やがてそういうナショナリズムの時代ではなくなりましたが、今度はコマーシャリズムが利用可能な、リソースとしてのナショナリズムが重要になってきました。そこでの商業的ナショナリズムが、政治的ナショナリズムと同じなのかは微妙です。日本のようにオリンピックやワールドカップのような祭りのときだけ盛り上がるのは、たとえ商業的であれ、祭りに必要な共通前提としての〈我々意識〉を、調達する機能を果たします。

神保 無条件に盛り上げていいネタ、ということですね。

宮台 そう。誰もが参加できる祭りという意味で〈文脈を無関連化する機能〉があります。あの瞬間だけ〈擬似的なナショナリズム〉が生まれて、終わったらすぐに忘れる。そういう日本人は多いはずです。

神保 僕が思うのは、スポンサーもつかず、自力だけで続けているようなマイナースポーツの選手たちは、負けても開口一番「すみません」とは言わないのではないか、ということなんです。オリンピックに出ているだけでも十分にすごいことなのに、銀メダルしか取れなくて謝っている選手を見ると、どうしても「誰のためのスポーツ、誰のためのオリンピックなのか」といった疑問を感じてしまいます。もしかすると、資金面で支えてくれたスポンサーに対して謝っているように聞こえてしまい、少し気の毒にさえ思えてきます。

 今回のゲストはオリンピック事情に詳しいスポーツライターの小川勝さんです。小川さんはスポーツニッポンの記者としてオリンピックを担当され、2012年に『オリンピックと商業主義』という本を書かれています。小川さんは"謝罪する選手たち"をどうご覧になっていますか?

小川 神保さんのおっしゃる通りだと思います。選手はオリンピックで目標を達成できないと「すみません」と言う。メダルを争うくらいの競技になると、最近はなんらかの形で企業からの支援を受けている選手が多い。ですから、企業から受けている支援に対する「すみません」もあるでしょう。

 あまり知られていませんが、マイナースポーツでもメダルを争うレベルの選手になると、JOCから強化費をもらいます。金メダルを争う可能性のある選手となれば、年間240万円くらい。銀メダル、銅メダルというメダルであっても100万円くらい出ます。加えて、それぞれの競技連盟から、さらにカテゴリーに応じて強化費が出る。競技によりますが、メダルを目指すトップレベルのカテゴリーの選手であれば、月10万円くらいは出ます。つまり、メダルを獲得するレベルの選手は、JOCと競技連盟の強化費だけで年間350~360万円出るということになる。

 これは大学生でも高校生でも、競技のレベルがトップクラスであれば同じです。そういったスポンサー、所属企業、JOC、所属競技団体などからもらっているスポンサー料や強化費があるから、競技に専念できることを選手たちもわかっています。つまり「メダル候補だから、その金額をもらっていた」「それにもかかわらず結果が出せなかった」ということで、「すみません」という言葉が出てしまうのではないかと思います。

神保 CMに出たり、ウエアを着たりすることで得られるスポンサー収入についてはいかがでしょうか。

小川 一般にはあまり知られていないことですが、例えばテレビCMの場合は、JOCが「がんばれ!ニッポン! キャンペーン」をやっていて、一括管理している。選手は全員JOCに所属しており、JOCと企業が交渉し、その企業のCMに出演する、ということになる。選手は自分で交渉することができません。

神保 そしてJOCがエージェントのように一定のマージンを取った上で選手側に支払うということですね。北島康介選手のように外部のエージェントと契約している選手はどうなるのですか?

小川 北島くんや陸上の室伏広治さんなどがそうですが、彼らは単独で行動しています。ただし、彼らのように、JOCの世話になることなくやっていけるのは、オリンピックの花形競技でメダルを獲っているごく一握りの選手です。

宮台 JOCが広告エージェントのようなことをしているとは知りませんでした。選手の立場が強くなれば、自分で交渉することができるようになり、JOCの保護を必要としなくなる──このあたりは、芸能事務所に所属して、決まった給料をもらっていたタレントが、売れてくると独立する、というプロセスによく似ていますね。駆け出しのころは既に決まった金銭的ゲームの枠内で行動しなければいけないのが、立派になれば枠外で自由にゲームができるという。オリンピックが芸能と同じ商業的ゲームであることがわかります。

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