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崩壊する小学校~教室内徘徊、授業妨害、教師無視…深刻化する「小一プロブレム」の実態と打開策

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–親としては、勉強だけではなく日々の生活が重要であると思うのですが、どのように成長するのがいいのでしょうか?

汐見 家庭の中で人生を楽しむ、つまり自分のやりたいことを見つけてそれを追求するということを、僕は学校でもやってほしいと思っています。本の最後にも「午前中は法定カリキュラムでもいい。午後は自分のやりたいことをやる。そういう学校に変えよう」と書いています。例えば、料理が好きだったら料理のプロが教えに来てくれるように、算数が得意だったら小学校で大学の数学が勉強できるようにしよう。社会的な経験が少ないだけ、発想を広げる場がないだけで、本来子どもはそういう能力を持っている。後半の部分は、自分の人生をどうエンジョイするかということにリンクした勉強の仕方なんです。

–本の中で、夏休みの宿題を一気に終わらせた子どもに「1日ずつやらなきゃいけないんだよ」と先生が注意する事例を挙げていますが、子どもの側からすると、システムの穴を突いて自分で抜け道を見つけるというクリエイティブな作業ですよね。

汐見 客観的に見たらそうですよね。その子は成長して東大に入ったのですが、通学はせずにハーバードに行ったんです。

–その子のような発想って、本来は伸ばすべきですよね。

汐見 今の学校では伸ばせないんです。むしろ抑えつけてしまう。

–子どもならではの、小さな支配に対する反骨心やクリエイティブな抜け道の見つけ方を伸ばしていくやり方と、小一プロブレムの解消はリンクするのでしょうか?

汐見 そう思います。今までの日本の教育では、「なぜこれをやらなければいけないのか」ということを教師が説明しなかったんです。それは学習指導要領で決まっているから。学習指導要領では近代国家をつくるために、これだけの学力が必要だと決められていて、なぜやるのかというと、それは日本の近代国家の担い手になるためなんです。子どもたちには一切説明されないのですが、人間は理由がわからないと学べないですよね。それを一切説明しなくていいシステムはおかしい。

 以前は隠れた国家目標の担い手を育てるためだったけど、今はそうではない。この地球に生まれて大変な課題をいっぱい抱えている中で、一方で社会に貢献できないかと考え、他方で一回しかない人生を後悔せずに送りたいと思う。自分のためと同時に、自分が住んでいる社会のための人生を見つけるために学校に行く。「だからこれを勉強しよう。これを勉強すると、こんなことがわかるようになる」と教師に語ってほしいんです。

–それが、産業界の人たちにこの本を読んでほしい理由ですね。

汐見 そういう理論で書けば、そういうタイプの本になったかもしれないですが、あれやこれやいっぱい言っているものですから、何の本かわからないです(笑)。

–『本当は怖い小学一年生』を通してわかることは、問題をはらんだ教育制度のもとで育った大人のほうが、そういう教育を受けてきたからこそ問題点が見えているということですね。

汐見 そうです。でも、気がつけるのは問題の深い部分ではなく、ある程度のところまでです。僕は学校教育に適応できなくて、今でいう不登校に近い人間だったのですが、高校生の時に今の学校教育を変えたいと思って、高3で生徒会をやって「みんなこんな学校でいいのか」と訴えたり、校長室に行って「先生これが高校ですか?」と毎日やっていたんです。その願いを、今も続けているのかもしれません。

 僕はもともと宇宙に行きたくて、ロケットを打ち上げるために大学に行ったのですが、「俺が考えていたのは、これかもしれない」思って教育に変えたんです。教育を否定したいという執念から教育をやっているんです。教育は人に対するお節介だと思っていて、人間はある程度お節介を焼いてあげないといけないところもあるんです。でも「ここまで焼いていい?」と確かめてほしい。その上で子どものほうから「これ以上は自分でやるから、放っておいてほしい」と意思表示されるポイントを探るわけです。

–ある程度お節介を焼くことは、教育を考える鍵になりそうですね。

汐見 そうです。お節介を焼かれるほうは、自分で選んでいきたいんです。教育なんて、もともと矛盾しているんですよ。だけど世の中に生まれてきた以上は、やってあげたいと思って、みんな善意でやるじゃないですか。それはわかる。それが今の学校です。でもやられるほうは「ちょっと放っておいてほしい。自分で自分のことをやりたい」となる。その狭間でみんな生きているんですよね。こんなことを書いたからといって、別に大きく変わるわけではない。相変わらず、お節介は焼きますよ。

–教育制度の中で育ってきた人が、その教育制度を批判するのは自己矛盾になると思われるのですが、そこはのみ込んだ上でのことなのですね。

汐見 教育はもともと矛盾の産物だと思うんです。根っこにあるのは、自分の意思で生まれたわけではないのに、この世界で生きるということだけは引き受けなければならないという矛盾です。自分の意思で生まれたわけではないので、生き方くらいは自分で選ばせてくれと。でも産んだ親は親の責任として、ここまでさせてくれという思いもあるわけです。それと似ているところもあるような気がします。

●父親として、子どもへの接し方は?

–小一プロブレムを迎えている子どもに、親はどう接していけばいいのでしょうか?

汐見 先ほどの夏休みの宿題の話は、実際に先生も困ったと思うのですが、親たちも「算数が好きだからやっているのに、何もそんなことを言う必要ないのにね」と言っていたんです。「先生はそう言うかもしれないけど、頑張ったあなたはえらいよ」と言ってあげようと。学校の先生は、そう言わざるを得ないということはあるのですが、「先生や学校に合わせなさい」ではなくて「あなたがやっていることは間違っていないよ」ということは絶対に言ってあげないといけない。

–その場面には母親がイメージされると思うのですが、父親はどうかかわればよいのでしょうか?

汐見 むしろこれは父親の役目なんです。「この子は算数が好きで、才能があるんだからそれでいい」と。僕も、そんなことはしょっちゅうあります。僕の息子は人に指示されるのが大嫌いで、遊んでいる時に「こうしよう」と声をかけると「いい、放っておいて」となるけど、親が何かを一生懸命やっていると真似していろいろとやる。学校では過度にお節介を焼かれるのを嫌がりながらも、やらなきゃいけないことは自分で合理的に考えてクリアしていきました。彼が中学2年生の時、漢字マニアの先生が夏休みの宿題で漢字のプリントを40枚出したんです。国語が嫌いな息子は夏休み最終日、家族とも出かけずテレビも見ず睡眠もとらずにやって、朝の4時に完成させました。こいつはこれで乗り越えられると思いましたね。大学は理科系の学部に進みました。

BusinessJournal編集部

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