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“体験をパッケージ”する発想をーーダイノジ大谷が提言する、これからの音楽サバイバル術

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ライブやDJイベント主催するなど、大谷氏の“現場”への貢献は大きい。

【リアルサウンドより】

 昨年末に『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCKLIFE』を上梓したダイノジの大谷ノブ彦氏が、自身の音楽観・リスナー観について語るインタビュー後編。前編【ダイノジ大谷がロックを語り続ける理由「こっちだっていい曲だ、バカヤローって足掻きたい」】では、これまでのリスナー遍歴や、音楽評論・リコメンドのあり方について語った。後編では、ビジネス面の苦境が指摘されてきた2000年以降の音楽シーンを分析しつつ、さまざまな課題への提言を述べる。

――2000年代に入ってから、CDが売れないとさかんに言われるようになります。そういった状況をどのように見ていましたか?

大谷ノブ彦(以下、大谷):ラジオをやってきて、先週までいたレコード会社の人が急にいなくなったりするのを見てきて、状況の厳しさは感じてきました。僕ら芸人も、お笑いブームで現場がすごく増えたと思ったら、次の年から急に使われなくなったりといった状況を体験しているので、その苦しさはわかります。だから、1組でも多くのバンドが潤ったり、継続していくことができるように力を貸したいし、少しでも自分ができることをしたい。それをDJでやるのかはわからないけど、そういう気持ちはすごくある。

――大谷さんの音楽に関する仕事は、そうした状況の中で存在感を増していきました。

大谷:自分の場合は、2005年の時にぱっと仕事がなくなって子供もできた時に、DJの仕事を紹介されて。これは新しいエンターテイメントとして使えるんじゃないかって思った時に、道が開けた気がします。それまでは音楽を知らないフリする方が笑いになると思っていたのですが、「これは自分にしかできない武器になるんじゃないか」って気づいたんですよね。ダウンタウンさんの『HEY!HEY!HEY!』は、ミュージシャンをお笑いの現場に連れてきてしまうことが画期的でした。それとは逆に、ミュージシャン側の価値観に寄り沿って語るのは、実は僕たちにしかできないのではないかと。それで一生懸命勉強しました。

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