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吉田潮「だからテレビはやめられない」(3月3日)

月9『失ショコ』が醸す、恋愛ドラマ再生の息吹?男女の隠された厳しい現実に直球勝負

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『失恋ショコラティエ』公式サイト(「フジテレビ HP」より)
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。 

 東京都知事選やらソチ五輪やら大雪やら、なんだかいろいろと重なったため、この2月はテレビドラマにとって苦難の時期となってしまった。軒並み視聴率も振るわない中、すでに放送された第1~7話の平均視聴率は全話で2ケタ台をキープし(ビデオリサーチ調べ/関東地区)、意外と好評を博しているようなのが『失恋ショコラティエ』(フジテレビ系)だ。もう、見るからに「ベタベタのあまあまで、オシャレな職業の人の成功物語で、なぜかシェアハウス状態で進む若い男女の三角関係ですね」とたかをくくっていたのだが。石原さとみの湿って腫れた唇でチョコレートをエロく食べさせたいだけでしょ、と思っていたのだが、実は「現代男性の激しい思い込みとストーカー気質」をうまいこと濁して描いた作品なのだ。

 主人公のチョコレート職人・小動爽太を演じるのはアイドルグループ・嵐の松本潤。高校の頃から1歳上の先輩である紗絵子(石原)を慕い続ける。時に妄想猛々しく、時に自分の欲望を律して、正反対の言動で抵抗してみたりと、男子の脳内を執拗に逐一映像化。その間抜けさと純粋さ、男の矮小なプライドと微妙な色気、調和が取れているようでいてアンバランスな男子を松本が好演している。ちょっと昔の『きみはペット』(TBS系/2003年)を思い出した。小賢しいが憎めない、小動物っぽいところが、松本の魅力のひとつなのだろう。

 何がびっくりって、石原に何度もフラれ、手ひどい仕打ちを受け、明らかな侮辱の言葉を浴びせられても、松本がくじけないところである。「え? そこ怒るべきじゃん? ブチきれるでしょ、普通は」というシーンが幾度となく出てくる。“くじけない”のではなく、完全に執着。半ばストーカー。このキャラクターに共感する男性がいるとしたら、ちょっと精神性を疑う。ただし、妄想シーンはコミカルだし、クールな男を装う松本の一所懸命さは、そのストーカー気質の不気味さを帳消しにしている。

 もうひとつ驚いたのは、松本にセフレ(水原希子)がいるところである。松本はさらっとセフレをつくり、さらっとセフレに恋愛相談したりする。粘着気質かと思いきや、ドライもドライ。女に対して「きっちりと境界線」を引く冷静な男なのだ。どんなに馬鹿にされても崇拝し続ける、最愛の女(石原)、なんでも話せて肉体関係もある女(水原)、友達以上に決して昇格しない女(水川あさみ)をうまく使い分けてもいる。

●「なかったこと」にされてきた男女の「使い分け」

 この爽太という人物像がイマドキっぽいかどうかはわからない。「純愛を執拗に貫く一方で、下半身は別モノ」という男のスタンスは、今に始まったことではなく、昔からそうだ。男も女も相手を脳内で使い分けていることには変わりない。ただ、ドラマ界ではこの使い分けが、いつの頃からかまったく「なかったこと」になっていた。セフレがあまり公には登場せず、一途な純愛ばかりで陳腐なドラマばっかりだったもの。その点、『失恋ショコラティエ』は素直に直球勝負している。妄想も性欲も隠さない。なんとなく恋愛ドラマ界の再生の息吹を感じるではないか。

 実は、結婚願望や専業主婦願望が強すぎる女性にも冷水を浴びせる作品となっている。崇拝される女か、至近距離のセフレか、ずっと昇格しない女か。結婚できるのは崇拝される女だが、幸せとは限らない。専業主婦の息苦しさには、夫のモラハラ(モラル・ハラスメント)やDV(家庭内暴力)がもれなくセット。全体的にはふわふわスイートに描かれているが、ビターで厳しい現実の要素もちらほら。「フジ月9」を「最終回までとりあえず観続けよう」と思ったのは久しぶりである。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。