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大手新聞2社、社長の不倫を暴露した週刊誌を提訴~水面下で合併交渉再開

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「Thinkstock」より
【前回までのあらすじ】
 業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていたが、もう一人の首席研究員、吉須晃人とともに、新聞業界のドン・太郎丸嘉一から呼び出され、大都、日亜両新聞社の社長を追放する算段を打ち明けられる。東日本大震災から2カ月を経て、太郎丸は計画を実行に移したが、狙い通りには進まない状況にあった。

 日本ジャーナリズム研究所会長の太郎丸嘉一が首席研究員の深井宣光と吉須晃人二人を呼んで会食した日から1週間後の6月24日、金曜日。大都新聞社は名誉毀損を理由で、東亜文芸社社長と、写真週刊誌『深層キャッチ』編集長に賠償などを求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。日亜新聞社の方も月が替わった7月4日、月曜日に同様の訴えを起こした。

 賠償請求額を2000万円とし、謝罪広告の掲載も求めたのは両社とも同じで、提訴日の翌日朝刊社会面に2段記事を掲載した。しかし、大都は法人の会社として訴えただけで、社長の松野弥介は個人では訴えなかった。対する日亜は社長の村尾倫郎も会社とともに訴えた。

 表面的には両社の溝を垣間見せたようにも思えたが、実際は違っていた。両社は事前に打ち合わせをして訴訟の準備をしていたからだ。提訴の日が違ったのは日亜が6月30日、木曜日の株主定時総会の前になるのを避けるためだけだった。しかも、瓢箪から駒というか、大震災を機に亀裂の入った松野と村尾の関係も完全に修復し、大都、日亜両社の合併へ向けた作業も再開することになったのだ。

 実は、『深層キャッチ』の発売になった5月30日、大都、日亜両社の編集局長、北川常夫、小山成雄の二人が翌31日朝刊に掲載する、訂正を求める“脅し”記事で意見をすり合わせてから、頻繁に連絡を取り合い、訴訟準備を進めた。最終的に両社の訴訟戦略が決まったのは奇しくも、太郎丸、吉須、深井の三人が会食した日、6月17日、金曜日だった。

 その日、大都、日亜両社の社長、編集局長の四人に、前社長の烏山凱忠・相談役と富島鉄哉・特別顧問の二人も加わり、鳩首会議を開いたのだ。場所は大都本社のある「大都タワービル」最上階の25階、大都社内で“開かずの間”と陰口を叩かれている貴賓室だ。

 富島、村尾、小山の日亜側の3人が「大都タワービル」地下2階の車寄せに3台の社用車を横付けしたのは昼前だった。最初に社用車を降りたのは小山で、続いて乗り付けた社用車2台のドアを開けた。村尾、富島の順に車を降り、そして、車寄せで出迎えた大都の北川が一般のエレベーターホール奥のドアを開け、25階直通のエレベーターに三人を案内した。

 北川が先導したのは貴賓室のなかでも、最も贅を尽くした和室だ。本来なら、最高級の日本料理店から板前を出張させ、料亭並みのもてなしをするところだが、大震災の直後ということに加え、何せ、話が話だけに大都側もそこまでのもてなしは控えたようで、部屋には六人分のお膳が三人ずつ、向かい合うように置かれ、そこに仕出し弁当が乗っていた。

 和室に入ると、正面に硝子戸越しに人工庭園が広がり、その脇に茶室がみえる。

「おう、これはすごい。さすが業界リーダーの大都さんですな。うちなんか、こんな施設とても作れません」