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STAP問題、理研の末路 過去の酷似事件でも1人に責任押し付け、研究所の権威失墜

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ベル研究所(「Wikipedia」より/Magnus Manske)
 STAP細胞論文問題をめぐり、論文作成のプロセスに不正があると判断した理化学研究所(以下、理研)と小保方晴子ユニットリーダーの論争は泥沼の様相を呈し、まだまだ尾を引きそうな気配だが、過去にこれと酷似した事件があったのをご存じだろうか。

「シェーン事件」と呼ばれる論文捏造事件である。

 ヘンドリック・シェーンは1970年生まれのドイツ人科学者で、97年から米国のベル研究所に所属していた。物性物理学とナノテクノロジーの分野で、超伝導やトランジスタに関する論文を次々に発表、2001年には2大科学雑誌といわれる米「サイエンス」、英「ネイチャー」にも論文が掲載されるなど、一躍脚光を浴びた。彼の行う実験はことごとく成功し、“神の手”“魔法の手”と絶賛された。

 ところが、論文に不正があるのではとの疑義が沸き上がり、02年5月に第三者による調査委員会が設置された。

 その結果、シェーンが発表した25本の論文のうち、24本までが不正と見なされたのである。当時最もノーベル賞に近い男と賞賛された天才科学者は一挙に名声を失ってしまう。

 その調査委員会の報告書は、どのようなものだったのだろうか?

●実験ノートすら存在しない

 調査委員会はシェーンに詳細なデータの提出を求めたが、実験ノートすらなく、実験に関する記録はほとんど残されていなかった。

 シェーンは「初期の実験データについては、コンピュータの記憶容量不足のため削除した」と弁明。ほかにも、「超伝導実験に数百回成功した」と主張したが、そのすべてのデータが測定中に壊れたり廃棄したなどの理由で現存しないと語るなど不審な点が多く、彼を擁護する人は一人また一人といなくなった。

 調査報告書は、シェーンは研究に情熱を注ぐ有能な科学者だとしつつも、実験のほとんどは彼が単独で行い、他の研究者や共著者は成功した実験の過程を見ていなかったとしている。

 シェーンの論文には、データ置換など多くの不正行為が見つかったが、彼はデータの誤りは認めたものの、それはミステイクによるもので不正の意図はなく、捏造には当たらないと弁明した。

 その弁明を受けて調査委員会は、「到底受け入れ難い。紛れもなく不正行為である」と断罪した。

●不明瞭な共著者の責任

 調査委員会の追及は、不正論文の20名に上る共著者にも及んだが、共著者の手法はなんら問題なく、不正行為はなかったとし、「全員、責任を果たした」と結論づけている。

 さらに報告書は、

「共著者には世界トップクラスの研究者が数多く名を連ねていたため、これが論文を通す上で追い風となった可能性はある」

「不正かどうかの前に、研究者としてのモラルの問題である」

などと、シェーン一人に責任をかぶせて幕引きを図ったような後味の悪さが残った。

 この段階で、驚くべきことが浮き彫りとなる。それは、共著者は何をすべきかということすら明確になっていなかったのである。これにより、世界中の非難が研究者全体に及ぶことになった。

 シェーンはベル研究所を解雇され、彼の出身校であるコンスタンツ大学は、「恥ずべき行為」と非難して彼の博士号を剥奪した。

 これ以降、どの国の研究グループも、この事件の顛末を肝に銘じたはずなのだ。それなのに、また似たような疑惑が起きてしまった。シェーン事件以後、ベル研究所が権威失墜したのを見れば、理研が今後どうなるかは容易に想像がつく。

 世界のトップクラスの頭脳が集まっていながら、どうしてこんなことを繰り返すのか、世間一般の人はまったく理解することができない。