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江川紹子の「事件ウオッチ」第5回

【名張毒ぶどう酒事件】冤罪の可能性より裁判所の権威? なぜ再審請求は棄却されたのか

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映画化もされた名張毒ぶどう酒事件。人々の関心も再審への期待も高まったが、裁判所の下した判断は冷酷だった。(画像は映画『約束』)

 「何度請求しても受け付けないから諦めろ、という通告のようだ。これで奥西さんが(落胆して)亡くなるようなことになれば、もはや司法の殺人だ」――名古屋高裁(石山容示裁判長)が名張毒ぶどう酒事件の第8次再審請求を棄却したことに対し、奥西勝死刑囚(88)の特別面会人の稲生昌三さんは、憤然と司法への不信を語った。

 弁護側は、事件に使われた毒物が、有罪判決が自白によって認定した農薬とは異なる、という科学鑑定を、再審を求める理由の柱に据えている。棄却決定は、この理由が、第7次再審と同じあり「請求権は消滅している」とし、奥西さんが高齢で健康状態が悪化していることから、「判断を早期に示すこととした」という。要するに、本人が生きているうちに棄却決定を出したかった、ということだ。

●新証拠を見ずに“門前払い”

 弁護側は6月にも、毒物鑑定の再現実験の結果を新証拠として提出することを裁判所に伝えており、公表もしていた。また、この事件では、今なお検察官が保有する証拠が開示されないままになっており、弁護側はその開示も求めてきた。しかし裁判所は、新証拠を見ないまま、検察側に証拠開示を求めることもなく、大急ぎで再審の扉を固く閉ざし、請求を門前払いとした。

 なぜ、こんなに慌てて棄却を決めたのか。奥西さんの体調が悪いのは事実だが、手続きの途中で亡くなれば、親族が裁判を引き継ぐか、あるいは手続きを終了すればよい。例えば、戦後まもなく起きた帝銀事件は、平沢貞道死刑囚が病死した後も再審を求めていた養子が死亡したことから、再審請求の手続きを終了した。名張事件でも、手続き面では、名古屋高裁が急がなければならない理由は何もない。

 雪冤を求めている人に対し、人道的な観点から、「せめて生きているうちに再審開始決定を」というならまだわかる。しかし、「生きているうちに棄却決定を」というのは、早くかたちの上で“けりを付ける”ことを優先した、冷酷な仕打ちでしかない。

 3月に、同じように死刑囚の再審を求めていた袴田事件で、静岡地裁が再審開始を決め、袴田巌さんを釈放するという画期的な決定があった。これは同事件の関係者だけでなく、名張事件など冤罪を訴える人たちを大いに励まし、裁判所への期待も盛り上がった。そうした期待に、今回の決定は冷や水を浴びせた。それもまた、名古屋高裁が決定を急いだ理由かもしれない。袴田事件はあくまで例外中の例外であって、他の死刑事件になんの影響も及ぼさない、名張事件に関して再審を開くつもりはない、という裁判所としての意思を示し、再審を断念させるために、棄却決定という判断結果を明示したかったのではないか。

 袴田事件の再審開始にスポットライトが当たる一方で、このところ注目された再審請求事件では、相次いで棄却決定が出されている。再審に消極的な人たちは、再審が次々に行われると、裁判所や確定判決の権威や信頼が損なわれるのではないか、と恐れているようだ。だが、冤罪の可能性があるなら、その当事者の人権は、裁判所の権威などより遙かに重い。ましてや、死刑判決の場合は、なおさらである。また、裁判所によって過去の過ちが是正されれば、裁判所への信頼は高まりこそすれ、損なわれることはあるまい。