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京セラ、不思議な会社の深層競争力は「アメーバ経営」を支える倫理と論理の両輪

文=長田貴仁/神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー、岡山商科大学経営学部教授
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●倫理と論理の両立

 それでも、あえて京セラの競争力を検証しようとすれば、7月19、20日の両日、大阪で開かれた企業家研究の学会「企業家研究フォーラム」で登壇した西口氏の話が参考になった。「企業経営の責任を果たすための経営論理と実践の融合」というテーマの講演で西口氏は、「倫理と論理を両立させるべきだ」という。

「従業員に長く喜んで働いてもらう。株主へきっちり配当する。社会に対する責任として納税する。こういったステークホルダーへのリターンを考えると、持続的成長がもっとも大事です。これは利益を上げ続けなければ実現できない。利益は次の成長のための原資です。営利を追求することは企業の大きな責任です。しかし、利益を上げるためにといって間違ったことをしてはいけない。船場吉兆がアユを使いまわししたことが発覚し、つぶれてしまったのはその最たる例でしょう」

 そして、西口氏は付け加える。「ただし、倫理は(経営の)十分条件ではない」と。では、経営における十分条件とはなんなのだろうか。それは、「論理である」と西口氏はいう。

「倫理と論理は車の両輪です。この考え方を社員に持ってもらわないといけない。なぜなら、経営者がいつも従業員を監視しているわけではありません。従業員は経営者が見ていないところでも、この両輪を動かして仕事をしてもらわなくてはなりません」

 稲盛氏は「八百屋さんのような意識を持て」という。つまり、一つ一つの小さな集団が現場ごとに経営者意識を持ち、「売上―原価=利益」という極めてシンプルな原理をできるだけ小さな集団に落とし込み、体現してきた、京セラの創業時から続く「アメーバ経営」の原点なのである。これは、単なる成果主義とは異なり、人間とはどうあるべきか、いかに付加価値を生むか、といった考え方がベースにある。

●求められる、社会人としての倫理観

 ところが、このような論理と同時に倫理を回転させるのが難しい時代になってきた。関西では終身雇用の代名詞と見られていたパナソニックでさえ、経営再建のため大胆な人員削減を実施するようになった。つまり社員にとっての「持続的成長」が保障されなくなってきたわけである。このような環境の中では、経営者も「会社を愛せよ」とは言いにくくなる。特に、賃金で時間や労働を買っている非正規雇用社員のような雇用形態が一般化した現在においては、「倫理は~」といってもなかなか通じなくなってきた。さらにグローバル化が進む中、日本人に通じた倫理観も外国人には通じないのではないかと想定される。

 だが、西口氏はこの点について楽観的である。

「私の経験からいうと、アメリカのクリスチャンのしかるべき人たちは、宗教に裏付けられた生き方をしています(キリスト教的倫理観を備えています)。企業活動がグローバル化していくこれからは、企業の中だけの倫理ではなく、社会人としての倫理観が重要になってくるのではないでしょうか。この点について、企業は社員と議論していかなくてはならないでしょう」

 論理と倫理の両輪は、グローバル化という新しい時代に向けて回り始めている。(松下)幸之助イズムと同様、稲盛イズムは日本の経営(者)に大きな影響を与えた。しかし、環境の変化とともに変わり、解釈も変えていかなくては硬直し、神話化されたイデオロギーになってしまう。「変えてはならないもの」と「変えていいもの」を正しく見極めることで、企業の持続的成長はより確かなものとなる。
(文=長田貴仁/神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー、岡山商科大学経営学部教授)

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