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西川淳「ボンジョルノ!クルマ」(10月17日)

F1の巨大な経済効果?国際ビジネスの拠点&世界を招く入口に利用、産業活性化に期待

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9月、シンガポールGPの模様
 雨によるスピンクラッシュ、マルシャのジュール・ビアンキが重傷を負う事故で赤旗中断、そのままチェッカーフラッグという、後味の悪い結果に終わった2014 FIA F1世界選手権シリーズ第15戦「日本グランプリレース」(鈴鹿サーキット/10月2~6日)。

 秋晴ればかりがレースじゃない。天気の変わり目が勝機を生むこともしばしば。天候は、レースにおける重要なファクターだ。事実、レース終盤に各ドライバーがみせた雨中の操縦技術は、まさに神業。あの事故は本当に不運であったというほかない。チケット販売に伸び悩んだ開催前から、笑顔のない表彰式まで、今回のF1日本グランプリには全体的に沈滞的なムードが漂っていて、日本におけるF1興行の現状を暗示しているかのようだった。その昔、アイルトン・セナというブラジルの若者がホンダを駆って世界チャンピオンに輝いた頃とは、雲泥の差である。

 日本では、いったいどうしてF1が盛り上がってこないのか。世界に名の通った自動車メーカーが8つも9つもある国などほかにないにもかかわらず、なぜ日本では自動車レース自体が興隆してこなかったのだろうか。

 F1を頂点とする自動車レースのことをモータースポーツと呼ぶ。レースやラリーに参加するドライバーやチームスタッフにとって、スポーツ性のある取り組みであることは間違いない。肉体の限界に挑戦し、知略の限りを尽くして、まさに生死を賭けて勝負に挑んでいるからだ。格好の良いマシンが多数集まって激戦を繰り広げることで、多数の観客が集まり、全世界にテレビ中継もされ、それをあてこんだ企業から資金が集まってくる。その好循環こそが、スポーツを一大エンターテインメントビジネスへと成長させる。それは、プロ野球でもサッカーでも同じことだろう。

 けれども、モータースポーツには他のスポーツとは違って、さらに重要なファクターが存在する。自動車を製造する立場にあるメーカーも、マニュファクチャラー(製造者)として競技に参加しているという点だ。他のスポーツでウェアメーカーがシャツやシューズを選手に提供するのと似ているが、関与の度合いがまるで違う。

 メーカー側が積極的に参加する大義名分として、「レース場は先進テクノロジーのテストコースだ」というのがある。実際には一般向けの自動車と技術の差が開き過ぎており、直接的な互恵関係はさほど多くない。それよりもむしろ、有力なマーケティング手段のひとつとしてモータースポーツに参加するというメーカーがほとんどだろう。事実、ヨーロッパやアメリカでは、大衆が狂喜乱舞するレースやラリー活動は、いまだに自動車ブランドを浸透させる有力な手段であり続けている。

●見逃されるF1ビジネスの本質

 
 そんなモータースポーツに対する日本における理解は、二極化してしまっている。ひとつは古くから根強くある「危険だから、そもそも認めたくない」という感情的な不要論。もうひとつは、極めて日本人らしいスポーツ観による生真面目な必要論だ。だから、ひとたびF1人気が凋落すると、危険論者の安堵はともかくも、盛りたてる側の必要論者までもが、「日本のメーカーがF1への参入や撤退を繰り返すので、文化も根付かないし、日本人ドライバーを育てようという気もない」と見当違いの批判を始めてしまう。要するに、今のF1が昔のようにブームにならないのは、国産マシンがなく、日本人ドライバーが少ないからだという理屈だ。