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競馬界屈指の人気剛腕ジョッキー内田博幸騎手がまさかの引退危機で背水の陣

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JRA公式HPより

 日本競馬界一の“剛腕ジョッキー”といわれる名手“ウチパク”こと内田博幸騎手が、まさかの引退危機に直面しているという。

 08年3月にJRA(日本中央競馬会)入りを果たし、地方競馬出身としては06年の岩田康誠騎手に次いで2人目となる初騎乗初勝利を決めた内田騎手。その後の華々しい活躍は、競馬ファンにとっては説明するまでもないだろう。

 ざっと列挙しただけでも、昨年までJRA通算848勝(地方騎手時代のJRAレース勝ちも含む)、重賞37勝、GⅠ勝ちが11勝。中央競馬入り前の07年の「NHKマイルカップ」では、17番人気の牝馬ピンクカメオで泥んこ馬場にもかかわらず、常識破りの最後方待機から直線一気を決めて、見事勝利し、当時のJRA関係者をも仰天させた。

 中央入り後、08年の「宝塚記念」では血統的に距離2200mは厳しかったエイシンデピュティでまさかの逃走劇を決めて見せた。それ以外にも12年の「皐月賞」で常識破りの“インまくり”をゴールドシップでやってのけ、岩田騎手をして「あれは地方出身ジョッキーじゃないとできない芸当!」と言わしめた。逆にこの岩田発言で中央出身のジョッキーが2人を敵対視し始めるというオマケまでついてしまったわけだが……。

 これらのレースは言うまでもないが、10年の「日本ダービー」での騎乗も競馬関係者をうならせたという。

「エイシンフラッシュで勝ったレースですが、直線半ばまで馬群の中でずっとエイシンの脚を溜めさせて、決して瞬発力がズバ抜けている馬ではないのに、追いに追いまくって決め手勝負を制したんです。あれはまさに剛腕ならではのレースで、ウチパクの凄味を感じさせた。圧巻でしたよ」とはJRA関係者。

 もっとも、良くも悪くも内田騎手といえば競走馬“ゴールドシップ”というイメージがつきまとう。

 ゴールドシップはテン(競馬用語で最初の意)のスピードが鈍く、位置をとりに行く脚も並。ただ、トップスピードに入り始めると凄まじい脚を持続的に使えるのが特徴。いわゆる“ズブい”タイプで、2歳時に乗ったことのある元名手のアンカツこと安藤勝己をして「あれはウッチーではないと動かせんよ」と漏らしたこともあるほど、このコンビは誰もが認めていた。

 だが、その内田騎手が精彩を欠き、長いスランプに落ち込んでいるのだ。

 昨年は落馬負傷で戦列を離れたこともあって年間67勝に終わったが、今年に入ってもなかなか本来の調子を戻せず、1月18日終了時点でわずか3勝、連対率.140のリーディング20位に低迷し、かつての内田騎手からは信じられない成績となっており、このまま今年が不調に終わった場合、「年内でジョッキーを辞めるかもしれない」と競馬サークルでささやかれ始めているとか。

 名手の年内引退とは穏やかな話ではないが、一体ウチパクに何があったのだろうか?

 その真相を突き止めるのに、避けて通れないのが13年の「ジャパンカップ」直後の“ウチパクゴールドシップ降板事件”である。

 この年、内田騎手は自身の調子が良くなかったことも影響しているのだろうが、レースで見せ場もなく15着に終わったことで、須貝調教師が「何なんだ、あの乗り方は! もっと考えて乗れ!!」と激怒。次走の「有馬記念」では外国人ジョッキーのライアン・ムーア騎手に乗り代わったのだが、じつはこれには伏線があった。

 それは「ジャパンカップ」の前走となった「京都大賞典」での騎乗である。この時、内田騎手はテンに鈍いゴールドシップをスタート直後に出して行き、好位追走を選択した。しかし、最も苦手な高速馬場ということもあり、ゴールドシップは直線伸びきれず、5着に終わった。

 レース内容に不満を持った須貝調教師は、ウチパクを呼び出して激高。

 そうした中、本来の後方待機策でいこうとウチパクが思ったことは、容易に推察がつくし、15着という結果は誉められたものではないが、なぜ内田騎手が再度、後方待機策を選択したのかは納得できる。

 好位につけても最後方から追走しても怒られたのでは、さすがの名手とて面白かろうはずがない。ギクシャクしたまま犬猿の仲となってしまった内田騎手と須貝調教師の関係だが、2人を良く知る関係者はこう語る。

「乗り方うんぬんは、どんな一流ジョッキーや名調教師でもお互いにぶつけあってケンカになったり、関係悪化が悪化したりするケースはありますが、負けたらすべて内田騎手のせいにする須貝調教師の姿勢には共鳴できません。逆に言うと内田騎手だから勝てたレースもあったわけですし。しかも、この件をキッカケに内田騎手の乗り方に異変が生じ始めたのですから、須貝調教師も罪深いですよ。ちなみに須貝調教師は騎手時代通算302勝、重賞4勝、GⅠ勝ちはひとつもありません。そのコンプレックスからなのか、腕の良いジョッキーに対しては必要以上に厳しいんです」

 内田騎手にとって不幸だったのは、この“ゴールドシップ降板事件”前までの剛腕イメージが強かったため、騎乗依頼のほとんどが俗に言うズブイ馬ばかりとなっていたことだ。騎乗馬にズブイ馬が多かったことで、本人の中に微妙な焦りが生まれ始めたているようだ。

「道中の位置取りや上がっていくタイミング、さらに直線に入ってからの追い出し、すべてにおいて“ウチパク”らしくない騎乗が増えています。勝ちたいという焦りからなのか、何かギクシャクした騎乗になっているんですよ。そのうえ、大井競馬時代の後輩にあたる戸崎圭太騎手が中央入りしたことで、2人のエージェントを務めるN氏も必然的に結果を出している戸崎騎手に良い馬を回さざるを得ない状況に。“ウチパク”は試練を迎えていますよ」(某調教助手)

 大井競馬所属時代からの内田騎手とN氏との絆は周囲が考えている以上に深い。

 昨年は先述の事情もあり、戸崎騎手に優先的に良い馬を回していたが、今年は戸崎騎手に我慢してもらい内田騎手の復活のためにチャンスを多く与える方針だという。とはいえ、逆に言えば今年結果を残せなかったら内田騎手の騎手生命に重大な影響を与えることになるかもしれない。

「男らしい性格の内田騎手ですから、今年もダメだったら年内いっぱいで引退ということもあるかもしれません。実際、内田騎手に近い人からは、『“ウッチー”は崖っぷちだ。今年ダメなら(引退を)考えなければな…」といった発言も出ている。

 内田騎手といえば、11年5月の大井競馬10Rでリスキープランに騎乗した際、落馬して頚椎骨折、昨年8月31日の新潟9Rではアドマイヤディープに騎乗してゴール直前に転倒し、左手尺骨遠位骨折するなど、度重なる逆境の中から不死鳥のごとく復活してきたが、その一方で「落馬負傷の後遺症の影響も少なからずありそうなだけに、本当に正念場を迎えている。“ウッチー”にとって今年は重要な1年になりそうです」(前出トラックマン)という声も。

 中央競馬入り後、09年から2年連続で最多勝利騎手賞に輝き、大井競馬所属時代の06年には前人未到の524勝を達成し、40年ぶりの新記録を更新するなど、日本を代表する名騎手として名をはせた内田騎手だけに、その奮起に期待したいところである。

(サイゾーpremium編集部)