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“暴力”と“権力”を知る作家・宮崎学が提言 “優しくない国ニッポン”のテロ組織との闘い方

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ヤクザの子どもとして生まれ、学生運動、作家活動を通して、権力と対峙してきた宮崎氏。
 イスラム国による日本人殺害事件は、我々にさまざまな課題を突きつけた。特に、暴力をもって自分たちが信じる正義を貫こうという勢力に、国家としてどのように対峙するかは議論の余地が分かれるところだろう。「暴力」と「権力」。この2つの「力」を熟知する、作家であり、評論家の宮崎学氏はこの問題をどう考えているのか? 特別寄稿を掲載する。  

●テロ解決のキーワードは「民族」


 古い秩序を破壊するのは、常に暴力である。権力にとって代わろうとする者たちの暴力を「けしからん」と評することは簡単だが、何の意味もない。

 むしろ私は「なぜ権力と戦う者たちが生まれてきたのか」ということに注目してきた。日本のヤクザが絶望的な貧困と差別から生まれたように、海外における民族の独立運動もまた宗主国の圧政と、それによる貧困と差別に立ち向かうために勃興したのだ。

 私が学生運動に身を投じていた1960年代はアジア・アフリカ・ラテンアメリカ(AALA)諸国の民族独立運動、反権力闘争が盛んであり、私も興味深く経緯を見守ってきた。そこでは暴力は「日常的」であった。

 では、かつて自由を求めて立ち上がった者たちと、現在のイスラム国の者たちの「暴力」は、どう違うのだろうか。

 評価は後世に下されることになるが、イスラム国に加わる若者たちは移民の子孫が多く、旧宗主国に対して恨みを持っているとされている。すなわち問題の背景には常に民族問題があるのだ。したがって、解決にあたっても「民族」がキーワードになると考える。

 さて、今回のイスラム国が起こした問題に関しても、日本政府の対応はいつもながらのお粗末ぶりであった。しかし、私は「国家権力を強めてテロ対策に当たるべき」とは思わない。それでは結局、安倍政権を支えてしまうことになるからだ。

 もちろん今後も同様の事件は起こり得る。イスラム国だけではなく、同様のテロ組織はいくらでもあるし、新しい勢力も出てくるであろう。

 では、どうすればいいのか。

●諸外国との草の根の友好的関係


 時間とカネはかかるが、日本国内に海外からの労働者や留学生が日本人と気持ちよく交流できるシステムを作ることが急務と考える。これまで、日本政府は海外の労働者を基本的に認めず、単純労働者は「研修生」として冷遇している。また、国内の大学を卒業した留学生の就職にも協力的ではない。

 したがって、海外から見て「日本は冷たい国」という印象が強い。日本の留学生は「日本嫌い」になって帰国しているという話も仄聞している。これに対してアメリカに留学した人たちは、帰国後もアメリカを愛しているようだ。これは、アメリカが異なった民族や人種を受け入れることで成り立った歴史によるところが大きいのだろう。

「移民を受け入れたら、日本が大変なことになる」という意見もあるが、日本の人口の減少の速度を考えれば、そろそろ移民を受け入れなくてはならない時期に来ている。海外諸国と草の根の友好的な関係を築くことができれば、テロ対策だけではなく経済や文化の振興も期待できる。

 もちろん、移民を受け入れることは容易ではない。

 例えば、パリで1月7日に起こった風刺画新聞社『シャルリー・エブド』襲撃は、中東イエメンを拠点とする「アラビア半島のアルカイダ」に属するフランス国籍の兄弟であった。このテロの原動力となったのは、移民の子孫たちのフラストレーションであろう。好戦的な若者たちの鬱積した思いがテロを引き起こしたのだ。

 ヨーロッパは移民社会であるが、移民に対して冷酷であり、そのために今回のようなテロが起こった。人道的な意味ではなく、犯罪の抑止としての「やさしい政策」は絶対に必要だ。

 ジェームズ・ボンドのようなスパイをいくら養成しても、テロには対抗できない。まずは人口問題の解決の糸口を考えること、加えて民間の互助的なネットワークを構築することが急がれる。そのためには、まずは国民の意識改革も必要だ。

 末筆になるが、このたび殺害されたとされる湯川遥菜氏と後藤健二氏に、深くご冥福をお祈り申し上げる。
(文=宮崎 学)

●宮崎学(みやざき・まなぶ)
1945年京都生まれ。近著『現代ヤクザの意気地と修羅場 現役任侠100人の本音』(双葉社)や『突破者 外伝――私が生きた70年と戦後共同体』(祥伝社)が好評。「最近の暴排は本当にひどい。力になれず、歯がゆい毎日である」。http://miyazakimanabu.com/