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生ける歴史遺産となった昭和天皇、GHQに十字架を負わされた今上天皇――30年後の『ミカドの肖像』猪瀬直樹の自己解題

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【「月刊サイゾー」立ち読みサイト「サイゾーpremium」より】

――日本における「天皇」とその“影”を深く長い射程距離をもって抉り出したノンフィクションといえば、猪瀬直樹の『ミカドの肖像』をおいてほかにない。猪瀬氏は『天皇の影法師』でデビューし、『ミカドの肖像』から始まる“ミカド3部作”、そして09年にも『ジミーの誕生日』を書いてきた。その当人に、『ミカドの肖像』連載から30年たった今あらためて、同書で描き出そうとしたものはなんだったのか、この期間に日本社会と「天皇」の関係はどううつろってきたのか、読み解いてもらった。

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(写真/佐藤博信)

――猪瀬さんが1985年に雑誌で『ミカドの肖像』【1】の連載を始められてから、30年になります。本格的なデビュー作である『天皇の影法師』に続いて、昭和末期のあの時代に、あらためて「天皇」という存在に着眼されての大著に挑まれた背景から教えてください。

猪瀬 一番大きなテーマは、当時の日本人がみんな「自分たちはどこにいるのだろう」と感じ始めたということ。ちょうどこれを書き始めたとき、僕も40歳になるかならないかの頃だったのだけど、敗戦から40年経って歴史的な体験が風化して、自分たちの依って立つ場所が見えなくなり出していた。高度消費社会というものが成立して、まるでディズニーランドのように「何が本物か」のリアリティが隠された社会になってしまった。アメリカを暗黙の番人にしたままでね。だからこの頃から若者たちが「自分探し」に迷うようになっていく。村上春樹の文学は、そんなアメリカの影を意識しつつ、消費社会の「見えない」「わからない」感覚を描いたものだったわけだ。

 でも僕の場合は、それは自分たちの身近なミステリーを辿ることで解き明かせるはずだと考えた。まず、『ミカドの肖像』の最初には何が書いてあった?

――フランスのデュオMIKADOが、原宿のクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」でライブを行ったことですね。

猪瀬 そう。MIKADOというデュオが、「ミカドゲーム」なんて歌を歌ってる。なぜこの人たちは「MIKADO」なのか。それで聞いたら、どうやらヨーロッパには「ミカドゲーム」なるものがあるらしい。そのゲームになぞらえて男女の恋愛を歌った歌だったんだけど、そもそもなぜそんな名前のゲームがあるのか?いきなり「天皇」というテーマがあったのではなく、そういう素朴な疑問から入っていったんだよね。調べてみれば、「ミカドゲーム」は竹の串を使うゲームだという、日本人が知らない事実があった。

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