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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

異次元の長寿ヒット商品・ハーゲンダッツの謎 裏には、こんなに秘密が隠されていた!

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「ハーゲンダッツ HP」より
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

 全国的に天候に恵まれた今年のゴールデンウィーク。期間中は夏日となった地域も多く、外出先だけでなく自宅や親戚宅、友人・知人宅でアイスクリームを食べた人が多いかもしれない。日本アイスクリーム協会のホームページに掲載されている資料(総務省家計調査)によると、2014年の1世帯当たりのアイスクリームに対する支出額(全国平均)は年間8006円だった。このうち5~9月までの5カ月間で4891円と、年間消費額の6割以上に上る。ちなみに、都道府県庁所在地別で見ると、最高は石川県金沢市で1万969円だという。

 そんな家庭用アイス市場で年間売上高100億円を超えるメガブランドに「エッセルスーパーカップ」(明治)や「ガリガリ君」(赤城乳業)などがある。そして高級アイスの代名詞的存在が「ハーゲンダッツ」(ハーゲンダッツジャパン)だ。ブランド全体の売上高は400億円を超える。

 現在も次々に新商品や限定商品を投入しており、例えば2月24日に発売したミニカップの「ハーゲンダッツ 華もち みたらし胡桃」(93ml)と「同 華もち きなこ黒みつ」(92ml)の2品は、注文が殺到して、発売後すぐに販売休止に追い込まれたほどだ。

 ハーゲンダッツという名前から欧州発祥と思われがちだが、実は1961年に米国で生まれたブランドだ。創業者のルーベン・マタスが、酪農王国として知られるデンマークの首都・コペンハーゲンから「ハーゲン」を取り、それに語感の響きのよいダッツを付け加えた造語である。

直営店での「行列」、イメージ訴求のテレビCMが話題に

 日本に上陸したのは84年で、東京・南青山に「ハーゲンダッツショップ1号店」がオープンした。東京メトロ(当時は営団地下鉄)・外苑前駅から徒歩数分の場所で、青山通りに面した一等地だが、それまで店舗の入退去が激しいビルだった。それがオープン当初から若者を中心に大人気となり、連日長い行列ができた。

 しばらくは直営店を中心に米国と同じ品揃えで展開したハーゲンダッツジャパンが、最初の転機を迎えたのは90年だ。実は、日本でアイスクリームの輸入が自由化されたのは同年のこと。そこで同社は「ハーゲンダッツアイスクリームバー」の輸入を始めたほか、従来のパイントタイプ(473ml)のカップから、120~125ml(当時の容量)のミニカップ販売を開始するなど、商品展開を広げていった。同時期にコンビニエンスストアへの商品供給も進めた。

 コンビニへの供給やミニカップの販売は、時代の変化にも合っていた。今では全国各地に張り巡らされたコンビニ網も、当時はまだ拡大期だった。また、かつては家族で同じ容器から分けて食べていた高級アイスも、この時期から「個食化」が進んでいったからだ。