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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

エボラが日本で流行したら起こる最悪の事態 誰が誰に何を指示できるのか?原発事故の悪夢

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「Thinkstock」より
 津波、地震、集中豪雨――。日本は災害の多い国だ。さらに最近は原子力発電所事故などの人災や、エボラ・新型インフルなどのパンデミックへの備えも必要になった。政府も対策に余念がない。例えば、原発事故の際の被曝医療体制を見直し、原発の立地地域ごとに、被曝医療の拠点となる「原子力災害拠点病院(仮称)」を1~3カ所選定し、各地域で被曝医療体制を完結させることを目指すそうだ。

 大災害が起これば国が責任をもって対応するというのは当然であるが、やり方は災害の特性を考慮し、個別に工夫すべきだ。ところが、あまり議論されていない。 

 これは日本だけの問題ではなく、米国も状況は変わらない。2月26日、生命倫理問題に関する米大統領諮問委員会は、オバマ大統領宛の報告書「エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応」をとりまとめた。この中には、7つの勧告が盛り込まれていた。具体的には、米国政府は世界の感染対策に参加する責任があること、国際・国内・非政府機関と協力すること、WHO(世界保健機関)の能力を強化すること、教育とコミュニケーションを重視すること、検疫・移動制限を最小限にすること、研究を実施する際にはデザインを厳格に定めると同時に最良の対症療法を提供すること、インフォームドコンセントやプライバシーの保護に留意することである。いずれも、もっともな提言である。

 ただ、筆者はこの提言には現場のリアリティーを感じない。せっかく提言するなら、もっとエボラ出血熱の特性を踏まえたものにすべきだったのではなかろうか。エボラ出血熱の特徴は致死率が高いことである。過去10回の流行では発症者の50~90%が死亡している。このことは、エボラ出血熱の支援に従事する人は、自らの生命を危険にさらすことを意味する。こうなると、地震や津波などの自然災害の支援とは状況が異なる。「誰が」行くかが問題となる。

 ところが、このことはあまり議論されていない。むしろ、支援者の美談が前面に出て、意図的にこの問題を回避しているようにさえ見える。

【参考記事】
 1月27日付ハフィントンポスト記事『現地に赴任した女性医師が語る!エボラ体験記リベリア編』
 http://www.huffingtonpost.jp/coffeedoctors/ebola_b_6529948.html

 著者である小林美和子医師の行動に敬意を表したい。現地で活動するには、相当な覚悟が必要だったろう。ただ、彼女の文章には「2014年7月から米国疾病予防医療センター(CDC)での勤務を開始し、9月から1カ月間リベリアへ赴任した」とある。現地での任務の中心は調査研究であったようだ。筆者の知る限り、CDCなど米国の政府系研究機関から派遣されている医師は少数で、その任務は患者治療より調査研究が中心だ。