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その歌い方は不敬に当たる!? 根深き「君が代」問題考察

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【「月刊サイゾー」立ち読みサイト「サイゾーpremium」より】

――入学式や卒業式の学校式典に限らず、あらゆるスポーツの開幕式や閉幕式、試合直前などで耳にすることが増えた国歌「君が代」。ここでは1999年の法改正以前から続く「君が代」問題を振り返りながら、アーティストによる国歌独唱・斉唱に注目してみたい。

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(絵/HELLHAMMER)

 日本には“国歌”と“国旗”が存在し、1999年の「国旗及び国歌に関する法律」可決後、国歌が「君が代」、国旗は「日の丸」(法律上は日章旗)と制定された。本稿では国際的な行事やスポーツイベントなどの場面で、アーティストによって歌われる「君が代」について考えてみたい。

「君が代」は19世紀末、日本が明治維新によって江戸幕府の封建社会から近代国家へと変遷していく途上で誕生した。歌詞は『古今和歌集』に収録された詠み人知らずの歌がもとになっている。その後、1900年の「小学校令施行規則」により、祝祭日の儀式において、職員と児童は「君が代」を斉唱することが定められ、国民の間に浸透していった。

「君が代」の立ち位置に大きな変化が訪れるのは、20世紀初頭に日本が軍国主義へと傾倒した時期。『「君が代」日本文化史から読み解く』(杜こなて/平凡社新書)から引用すると、それまで「君が代」の歌詞は「より良い時代の訪れを言祝ぐ内容が紡がれていた。元々、祝い歌の言葉」であったが、30年代に入り、天皇の神格化が進むと「君が代」の持つ意味は恣意的に扱われるようになる。

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