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新将命「ビジネスの原理原則」

橋下徹氏は一流の人か?二流、三流か?

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橋下徹氏(「大阪市HP」より)
 筆者は人間、特にビジネスパーソンを3つに分類して考えている。

 第一は、「できる人」である。仕事の能力(スキル)には優れていて見事に結果を出すことはできるが、人間的にはそれほどの魅力はないという人である。第二は、「できた人」である。仕事の能力は平凡だが人物的には優れていて、人から信頼、尊敬される人物である。第三は、「できるできた人」である。仕事のスキルに卓越している上に、人間的にも優れているという一級の人物である。

 実はこの分類には厳密にいうと、もう一つある。「仕事もできず、人間的にもできてない人」という、箸にも棒にも掛らないお粗末人間である。組織の長たる人はすべからく「できるできた人」であることが望ましいのはいうまでもない。

 一方、東洋の人物学では、人間をこれまた3つに分けて考えている。

 人物の優れた段階というと第一に、「深沈厚重」が挙げられる。なんとなく深みがあってドッシリと落ち着いている、人間としての厚みや重みを感じさせる一流の人である。次に「磊落豪雄」が挙げられる。心が広く、性質がさっぱりしている。細かいことにはこだわらない、強くて勇ましく勇気がある、という二流の人である。

 そして、最後には「聡明才弁」が続く。頭が切れて、才があって、弁舌さわやかである。こういう資質や能力は大変素晴らしいことではあるが、しょせん三流の人である、という東洋思想である。

 大阪都市構想を揚げて惜敗した上、政界引退を宣言した橋下徹大阪市長を見るたびに感じるのは、この人は「聡明才弁」の人物であるということである。弁護士資格保持者であるだけに何しろ弁が立つ。まさに才気煥発である。議論をしても人に負けない。レトリック(言語表現力)も巧みである。マスコミ操作の術にも長けている。

 ただし――である。筆者の目に映った橋下氏には、欠けている点が2つある。

 あくまで感覚的な印象であり、理論的な裏付けはないという前提でいうと、第一の欠落は、「インテグリティ」である。手元の辞書を見ると、インテグリティとは、「高潔・清廉・誠実」とある。人間としての哲学・思想・その延長線上の行動が首尾一貫していて、人から信頼され尊敬される根源がインテグリティである。橋下氏には弁護士や政治家としての才は十分に認められるが、人間としてのインテグリティはいかがなものかという気がする。
 
 第二の欠落は、「謙虚」である。謙虚とは人から学ぶ姿勢のことである。優れた人物や一流のリーダーに求められる最も重要な資質は、謙虚に人の意見に耳を傾けて人から学ぼうという姿勢である。