筆者が主宰する「経営者ブートキャンプ」の特別講師として、スターバックス コーヒー ジャパン前社長の岩田松雄氏をお招きした。岩田氏は2011年まで同社の指揮を執り、退任後すでに5冊もの著書を刊行している。
25名ほどのクラスで1時間半ほど話していただき、質疑応答が30分ほど。いつものように議論活発で濃密な時間となった。
「スタバにはマニュアルがない、と言われますが、そんなことはありません。コーヒーの入れ方などについて、つまりオペレーション・マニュアルはしっかりあります。しかし、サービス・マニュアルというものがないのです。その代わりに『Just Say Yes!(できませんとは言いません)』という標語があり、道徳、法律、倫理に反しない限り、お客様が喜んでくださることは何でもして差し上げるというのが、世界中のスタバの方針なのです」(岩田氏)
スタバの店員のほとんどはアルバイトだが、彼らは「パートナー」と呼ばれ、本社は「サポート・センター」と称される。
「言葉って、とても大切なんです。スタバの離職率は、パートナーも含めてとても低い。それはスタバの経営が、チェーン店であるにもかかわらず、マニュアルではなくミッションをベースにしているからです。スタバは『感動経験産業』として、仮想競合としてはリッツ・カールトンやディズニーリゾートを想定しています」(同)
ちなみにこのスタバのミッションは同社のHPに掲載されているので、興味のある方は参照していただきたい。
岩田氏の講義では、米国スタバ本社創業者でCEOのハワード・シュルツ氏との会見譚などが語られ、とても興味深かった。岩田氏が退任してからもスタバは順調に日本で業績を伸ばし、5月には鳥取県に出店し、全都道府県に展開するに至っている。鳥取店のオープンには1000人以上の客が並び、大きく報道された。店の総数は7月現在で1111店。
米国本社による完全子会社化の意味
順風満帆に見えるスタバであるが、1000店の大台を達成して次の段階への飛躍を虎視眈々と狙っているようにみえる。それは、最近の資本移動からもうかがえる。
今年3月に米国スタバ本社は日本法人を公開買い付けによって完全子会社化した。そもそも日本法人は、日本のサザビーリーグ社との合弁で1996年に1号店を開業して、01年10月には大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場(スタンダード)に上場した公開会社だった。
成長への方策として、米国本社幹部のジョン・カルバー氏は「新ブランドを日本に導入していく。それは紅茶のブランドだ。数年前にティバーナという会社を買収した」(2月27日付東洋経済オンライン記事)と明かしている。ところが日本法人の関根純社長は、昨年9月にこの資本移動の発表があった後に、「自分は全く知らされていなかった」とした上で、次のように語っている。
「基本的には、トップマネジメントを変えるということもない。米本社は今、ティバーナという紅茶専門店やパン屋を買収したり、向こうとしても企業を大きくしようとしている。だが、そこでやっているものを日本に持ってくるという考えはまったくない。日本に合うかどうかを見極める必要がある。無理矢理に日本に押し付けてやることはない」(14年10月4日付東洋経済オンライン記事より)
関根氏は岩田氏の後任で、伊勢丹(現三越伊勢丹)執行役員や丸井今井(現札幌丸井三越)社長を経てスタバ社長に就任したが、失礼ながら外資の世界をわかっていないのではないか。関根氏は、ジョン・カルバー氏と異なる見解を述べてしまった。
米国本社が日本法人を完全子会社化した理由は、完全に自分たちが思うように経営したいからだ。関根氏はサザビーの森正督社長からスカウトされたのだが、米国本社としては株式公開買い付けまでして、大株主だったサザビーの影響力を排除しようとしたのだ。
最大のライバルは?
スタバのコンセプトである「サード・プレイス」とは、家、職場、あるいは学校以外の「第3の場所」、客に居心地のいい場所を提供しようという意味だ。客のほうでも、それを期待している。
では、コーヒーの味への評価はどうなのだろうか。インターネットマガジン「The Bold Italic」が13年6月に米サンフランシスコで目隠し調査を行ったところ、6種類のコーヒーのうちスタバが最下位だった。もちろん、これは直ちに「スタバのコーヒーがまずい」ということを意味するものではない。単に「6つの中で評価が最下位だった」ということだ。
では、コーヒー店としてのスタバの競合はどこか。もちろんタリーズコーヒーなどの、スタバより低単価のコーヒー・チェーンではないだろう。「目指しているところが違う」と岩田氏なら言うだろう。今年2月に1号店をオープンさせた「サードウェーブ」と呼ばれるブルーボトルコーヒーのような、高級コーヒー店だろうか。スタバは、味では競合できないだろう。もしくは、旧来型の喫茶店だろうか。居心地のいい空間という点では勝るかもしれないが、いずれも零細で、企業規模としてスタバのようなチェーン店に対抗すべくもなく、その数を減らしている。
私は、スタバの競合として立ち上がってくる可能性があるのは、コメダ珈琲店ではないかと見ている。コメダも「居心地のいい空間」というコンセプトの別体現ではないか。店舗数も632店(7月19日現在)とスタバを急追している。地域的に、まだ進出空白地がある。スタバのおしゃれな雰囲気もいいが、コメダ珈琲店のまったりした空間もくつろげる。「くつろぎカフェ戦争」が始まることに期待したい。
(文=山田修/経営コンサルタント、MBA経営代表取締役)