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「ココロに効く(かもしれない)本読みガイド」山本一郎・中川淳一郎・漆原直行

ファミコン、キンケシ、85年の阪神優勝で盛り上がれる人たちが必ず甘美に浸れる本

文=中川淳一郎/編集者

ファミコン、キンケシ、85年の阪神優勝で盛り上がれる人たちが必ず甘美に浸れる本の画像1『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』(西寺郷太/NHK出版)
【今回取り上げる書籍】

ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』(西寺郷太/NHK出版)

 本稿ではあえてカタカナとアルファベットが混在したままになっているが、これは私自身の思い入れの違いだと思っていただきたい。カタカナで覚えているか、アルファベットで覚えているか、という違いである。

 いやはや、知識が増えた、としみじみ実感する本であった。1985年、スター歌手が、アフリカの飢饉を救うべく立ち上がり奇跡のレコーディングの結果誕生したUSA・フォー・アフリカによる『ウィ・アー・ザ・ワールド』。マイケル・ジャクソンが一番目立つパートをのっけから歌い、スティーヴィー・ワンダー、シンディ・ローパー、ブルース・スプリングスティーンらキラ星の如き才能が集い、メガヒットとなりアフリカが救われた――。この話は当時12歳だった私も知っていた。

 本書は、この曲が生まれる前のBEE GEESの大ブレイクを含めた「ポップス」の歴史を振り返るとともに、いかにしてマイケル・ジャクソンがスターにのし上がり、そして『ウィ・アー・ザ・ワールド』が生まれたかが描かれる。同曲のレコーディングの様子も、音楽プロデューサーとしての顔を持つ著者ならではの細部にわたる「プロの目」により描写され、この夜がいかに特別なものだったかがわかるだろう。

 しかし、そこに著者はとある闇を発見する。その闇が一体なんなのかは本書を読んで確認いただきたいところだが、その後「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」があることに気づき、事細かに指摘するのである。

回り道をさせてしまう本

 本書は、ネット用語で言うところの「おっさんホイホイ」(中年の郷愁を誘うもの)的な側面も持っている。随所に1980年代の米英のヒット曲の名前が登場し、名曲リスト集としても使え、さっさとこの書評を書かなくてはいけないというのに、YouTubeでそれらの歌を視聴してしまうのである。

 例えば、1979年、全米最大のヒット曲がザ・ナックの『マイ・シャローナ』という歌だったという記述があった。これに対して「それって何だっけ?」と私は思う。洋楽の中には「誰もが一度は聞いたことがあるものの、タイトルがわからない」という曲は多いだろう。そこでYouTubeで「マイ・シャローナ」と入れたら4人組のビートルズ風男が出てきた。最初の軽快なギター音を聞いてすぐに「あァ、あれか」とわかり、「確かにヒットしたよな」と思う。

 そう思ったところで「ありゃ、この歌、何かに似てるぞ」と思い、『We’ re not gonna take it』という歌だったよな……と思い、その曲名を入れるとTwisted Sisterの歌であることがわかり、そのオフィシャルPVの始まり方がマイケル・ジャクソンの『Black or White』にソックリだということに気づく。自室で大音量で音楽をかける息子に、頭の固い保守的な父親が激怒し、「いい加減にしろ!」と言うが、反撃を食らい父親は屋根を突き破って外に出て行ってしまうという展開だ。

 『Black or White』のPVを見てみると、この冒頭の寸劇風なシーンに登場するのが映画『ホーム・アローン』の主演子役・マコーレー・カルキンである! そして父親役がどこかで見たことのあるデブだな、と思ったら、86年の日米摩擦の際に封切された日本の自動車工場の米国進出をコミカルに描く映画『ガン・ホー』に登場する、「アッサン自動車」の労働者役の男ではないか! 

 こういった回り道をさせてしまう本なのであった。

『ウィ・アー・ザ・ワールド』の真実

 そして、冒頭の「知識」という話なのだが、私が「マジかよ! チョービックリしたんですけどぉ!」とナウなヤング風に驚いた知識を紹介しよう。いや、これは単に「オレはこんなことも知らなかったのか……」と恥ずかしくなったことである。

 いや、本当に超基礎的な話なのだが、84年、スター歌手が集った「Band Aid 1984」が、アフリカの飢饉を救うべく『Do they know it’ s Christmas』を歌ったこと、U2のボノ、Wham!のジョージ・マイケル、スティングらが集ったことは知っていた。そして、『ウィ・アー・ザ・ワールド』については、『USA・フォー・アフリカ』というプロジェクト名で「Band Aid 1984」が実施したのだと思っていた。

 だからこそ、『ウィ・アー・ザ・ワールド』にもジョージ・マイケルやボノが参加しているのかと思っていたのだが、完全に別物なのだ。「Band Aid 1984」はイギリス・アイルランド連合で、「USAフォー・アフリカ」がアメリカ連合である。さらには、クインシー・ジョーンズがプロデューサーで、ライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソンに歌をつくらせたというのも知らなかった。私は勝手に「黒人であるマイケル・ジャクソンが義憤と自身の人脈からスターを集め、アフリカ支援プロジェクトを成功させた」のだと思っていた。

 だが、実際は、「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリス歌手によるアメリカへの侵略)」に触発されたものであると著者は指摘する。「第一次」はビートルズやローリング・ストーンズに全米が熱狂(古臭い表現だな、コレ)した時のことを指し、「第二次」は80年代前半~中盤のことを指す。地元AM局がヒット曲の命運を握っていたのに対し、81年、アメリカでのMTV開局により、プロモーション・ビデオをイギリスのアーティストも流せるようになり、デュラン・デュランやカルチャー・クラブ、Wham!等がアメリカを席巻したことを指す。

 そんななかの「Band Aid 1984」である。これ以上イギリス勢に好き勝手させておくか! といった意図がアメリカのミュージシャンのなかにあり、白人と黒人が手を携え『ウィ・アー・ザ・ワールド』が誕生した、といったところだろう。

 本書ではほかにも、プリンスが『ウィ・アー・ザ・ワールド』のレコーディングに参加しなかった理由や、エルヴィス・プレスリーの腰の動きに関する記述もあり、現在の30代後半~60代ぐらいの人にとっては「あるある!」と膝を叩きたくなることだろう。

「70年代前半の人間の甘美な思い出」が詰まった本

 なお、著者の西寺氏と私は同じ年齢である。以前「73会」という会を麻布十番の中華料理店で行ったことがある。これは、73年生まれの出版業界や音楽業界、芸能界の男だけが集う会である。店を貸し切り、15人で飲み食いをした。参加条件は「73年生まれ」ということと「女人禁制」という不思議な会なのだが、西寺氏もここにいた。

 本書を読むと、あの過度に楽しかった数時間を思い出す。これまでに2回開催されたのだが、19時に開始し、終電間近の23時30分までの4時間半が一瞬にして終わる感覚だった。集った者は全員が違う出身地で、初対面同士もかなりいた。それなのに、似たような業界に属していること、そして「1973年生まれ」という共通点から、すぐに打ち解けられるのである。

 陳腐な言い方ではあるものの「初めて会った気がしない」という男たちだった。我々73年生まれは第二次ベビーブームのピークに生まれ、209万人も存在する。だからこそ、受験や就職活動では苦労したものの、人数が多いこともあり、共通の話題で盛り上がる妙な「盟友」の感覚があった。「73会」ではファミコンのことも語れば、「キンケシ」(キン肉マンの消しゴム)についても語るし、当然マイケル・ジャクソンとマドンナが同じ年に来日したこと、85年に阪神タイガースが優勝したこと、中学1年生の時に発生した、1つ年上の「鹿川裕史君いじめ自殺事件」の衝撃などを語り合った。そして、これからオレたちはどんな楽しい人生を送ろうか、といった前向きな話をガンガンするのだった。

 本書で西寺氏は85年に12歳だったことを強調するとともに、73年生まれであることを意識し「僕は、70年代前半生まれの自分の世代にしかできない『ポップス』の指標を示せる人間でありたいと、常々思ってきました」と前書きで述べている。これを読んだ時、本書は「オレ達70年代前半生まれの人間の甘美な思い出」が詰まった本になるのでは? と思ったらまさにその通りで、「73会」の夜、窓際の席で丸い顔をテカテカさせながら酒を飲む西寺氏の愛嬌ある表情を思い出し、私も少年時代の甘美な思い出に浸ったのであった、としみじみする本でした。
(文=中川淳一郎/編集者)

中川淳一郎/編集者

中川淳一郎/編集者

1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライターや『TVブロス』編集者などを経て、2006年よりさまざまなネットニュース媒体で編集業務に従事。並行してPRプランナーとしても活躍。2020年8月31日に「セミリタイア」を宣言し、ネットニュース編集およびPRプランニングの第一線から退く。以来、著述を中心にマイペースで活動中。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットは基本、クソメディア』『電通と博報堂は何をしているのか』『恥ずかしい人たち』など多数。

Twitter:@unkotaberuno

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