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必然と偶然で生まれた「現・自民党」の成り立ち

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【ビジネスジャーナル限定無料公開!「サイゾーpremium」より】

――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

[今月のゲスト]
中北浩爾[一橋大学大学院社会学研究科教授]

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『自民党の正体 こんなに愉快な派閥抗争史』(PHP研究所)

――いまだに違憲ともいわれる安保関連法案の強行採決をはじめ、総裁選では無投票で再選と相成った安倍晋三首相と自民党政権。どこか違和感を覚えざるを得ない安倍政権と自民党だが、何がきっかけで“こうなってしまった”のだろうか? 自民党のそもそもの体質から対立政党との権力争いまで、「現・自民党」が成立した過程を見ていこう。

神保 安保法案はこの番組でもさまざまなアングルから取り上げてきましたが、今回はもう少し大きな視点から、日本の戦後の安全保障政策を根幹から変えるような法律を躊躇なく制定した自民党に今、何が起きているのかに焦点を当てたいと思います。

 我々が今政権を委ねている自民党に起きている変化を、「政策面」と「体質面」の双方から議論していくために、一橋大学大学院社会学研究科教授で、日本の政治史などがご専門の中北浩爾さんをゲストにお迎えしました。さっそくですが、今回の安保法案の可決に至る過程は、政治学者の目にはどのように映ったのでしょうか。

中北 結局、安倍政権は「合意」(コンセンサス)を重視していないということが表れたと思います。野党と妥協しないだけでなく、国民レベルでの合意を作り上げることに関心がないのでしょう。今回、デモが話題にはなりましたが、世論調査でも圧倒的多数が法案に反対していた。少なくとも、もう少し慎重にやってほしいという空気が明らかにありました。しかし自民党、安倍政権のほうは耳を貸す気が一切なかった。このあたりに今の自民党政権のあり方が典型的に出ていると感じます。

神保 一方で、政策として見たとき、今回の安保法制は日本の政治史の上で、どのような意味を持つのでしょうか。

 今回、日本は戦後初めて、集団的自衛権の容認に踏み切りました。それを違憲とする意見が強い一方で、そもそも自衛隊も創設以来、常に違憲と批判されてきました。これまで事実上、解釈改憲を繰り返してきたのに、今回はそれとどう違うんだという意見もあります。

中北 かつては、一方に憲法9条の制約があり、他方に日米安保や自衛隊にみられるように軍事的な現実があり、バランスを取ってやってきました。冷戦後、「普通の国」という言葉に示される通り、徐々にバランスが変わり、軍事的なオプションが取れるようにしていこうという流れが強まってきました。今回の安保法制も、その流れの上にあります。ただ、大きな歯止めとなってきた憲法解釈をいじったという意味では、非常に重要な転換であったといえるでしょう。

神保 特に1990年の湾岸戦争以降、日本は「国際貢献」の名の下に、自衛隊の役割を拡大させてきました。軍事的な機能が要求される活動を行える機関が、日本では自衛隊以外に存在しないからです。集団的自衛権の容認は、憲法の一線を越えるという面がある一方で、これまでのそうした路線の延長線上にある政策と見ることもできます。

中北 確かに政策担当者からすれば、現実の問題に対応するために必要な防衛上の措置を積み重ねてきた、という意識でしょう。例えば70年代半ば以降、政府は「思いやり予算」を支払うようになり、在日米軍の駐留経費の一部を負担してきました。これは「日本が基地を提供する代わりに、アメリカが日本防衛義務を負う」という60年の新安保条約の枠組みからの逸脱です。今回も基地を提供しながら集団的自衛権の行使までいくという話ですから、同じように本来の条約の枠組みから逸脱しています。

神保 ここでいう「政策担当者」とは、外務省のアメリカン・スクールのことだと思いますが、その一方で、今回の安保法制に代表されるタカ派色の強い政策の背景には、自民党の体質の変化もあるのでないでしょうか。

中北 有名なところでは80年代半ば、政治学者の永井陽之助さんと外交評論家の岡崎久彦さんが論争をしていますね。岡崎さんは安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)の中心メンバーで、安倍さんの外交上の師匠に当たる人です。永井さんは吉田ドクトリンの提唱者で、経済優先で軍事については抑制的な立場だった。そして、この論争の段階では、吉田ドクトリン論が勝利した形になっていました。

 しかしながら、今回、岡崎さんの主張に従って、集団的自衛権の行使容認がなされました。つまり、同じ親米でありながらも、吉田ドクトリン路線から岡崎路線へと転換したのです。

神保 岡崎さんは、日本は「アメリカと一緒にやっていけばうまくいく」と公言してはばからないような方でした。その岡崎さんが、将来の日本の政策転換を見据えて、90年代から安倍さんに目をつけ、安倍さんが新人の頃からレクチャーをしてきたことが知られています。今回の安保法制は、その集大成という意味合いがあったようにも思います。

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