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江川紹子の「事件ウオッチ」第42回

元オウム菊地直子被告、逆転無罪判決 捜査当局の強引な起訴とメディアの誇大報道を検証

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 しかし、サリン事件とVX事件は、関係者の裁判でも彼女の名前は出てこない。逮捕の時点で、捜査機関はこの両事件で起訴できないことはわかっていただろう。それでも警察は彼女を逮捕し、上限である20日もの勾留がついたが、案の定不起訴になっている。

 爆弾事件は、捜査の結果、爆発物を製造し、それを人の殺傷に使うことがわかったうえで原材料の薬品を運んだといえる状況にあれば、検察は彼女を事件の共同正犯としては起訴したはずだ。しかし、それはいくらなんでも無理だった。それでも、殺人未遂と爆発物取締罰則違反(爆取)の幇助犯(犯罪を手助けした者)として立件した。

 彼女の後に逮捕・起訴された高橋克也被告に対しては、猛毒のVXを使った最初の殺人未遂事件での起訴を見送るなど、検察は慎重な立件をしている。しかし、地下鉄サリン事件などの重大事件に関与していた高橋被告と異なり、菊地被告の場合はほかに立件できる事件がなかった。かといって、長らく特別手配していた者を不起訴で放免するわけにはいかないという警察・検察の事情があって、かなり無理を重ねて起訴にこぎつけたのではないか。

 裁判を傍聴していても、彼女が爆弾づくりを知っていたと認定するのは相当に無理があるように感じられた。一審の裁判官や裁判員たちも同様だったらしく、爆取では有罪としていない。ところが、推認や推測を重ねることで、何か危ないものをつくって人を殺傷する計画があるということはわかっていただろうと、殺人未遂罪の幇助罪で有罪を認定した(この一審判決がどのような飛躍した論理で結論を導き出したのかをお知りになりたい方は、こちらの拙稿をご覧ください)。

 その殺人未遂罪の幇助罪も、今回の控訴審判決で成立しないという判断になった。各段階を踏むごとに罪名がどんどん落ちていき、そして何もなくなったのである。このプロセスを逆にたどってみれば、当初の警察段階での報道ぶりがいかに誇大でデタラメなものだったのかがわかるだろう。

法的責任と道義的責任

 私も、彼女になんら道義的責任がないとは思わない。彼女は教団に取り込まれ、違法活動にも使われた。いわばオウムの被害者であると同時に、教団の違法活動を支える化学部門の一員として活動していた加害者的側面があった。本件でも、彼女が薬品を運ばなければ、あのような爆弾事件は起きなかった。その重大な結果に対して、彼女には道義的責任がある。

 ただ、司法やメディアにおいて、実態にそぐわない過大な責任を追及されている状況では、防衛本能や被害者意識が働いて、自らの責任をじっくり考える心理状態にはならないのではないか。

 裁判中、ほとんど感情を表に出さなかった彼女が、一審の被告人質問で一度泣いたことがある。裁判長の被告人質問の時だった。私のメモにはこうある。

裁判長 「真実を曲げられるおそれがあるから、出頭できなかったと」
被告人 「はい」
裁判長 「どういうふうに真実を曲げられると?」
被告人 「私が今、直面していることです。そのままです(泣く)」

 それは私には、自己憐憫の涙のように見えた。

 そして、今回の控訴審判決の時でも、彼女は涙を流した。裁判長の正面で無罪の主文を告げられた後、弁護人席の前の被告人席で判決理由を聞きながら、彼女は静かに泣いていた。そして判決文の読み上げが終わり、再度正面に立った彼女に対し、大島裁判長はこう語りかけた。

「法律的には無罪です。ただ、あなたが運んだ薬品で重大な犯罪が行われ、(被害者が)指を失うという結果が生じている。それ以外のワークについても、当時はわからなかったとしても、教団の中でやってきたことをきちんと心の中で整理してほしい」

 菊地被告は、泣きながら何度もうなずいた。安堵の涙であり、予断や偏見なく証拠や証言を精査してくれた裁判長の言葉だからこそ、それが心に染み入っての涙でもあろう。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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