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江川紹子の「事件ウオッチ」第43回

前ソウル支局長に無罪判決 でも産経新聞と日本のメディアは、我が身を振り返るべき

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 問題とされたのは、大統領の男女関係をめぐる噂だ。前支局長のコラムは、「“大統領とオトコの話”」を長々と披露してみせ、密会の相手と目される男性の実名まで書いている。いかにも下品なのぞき趣味的な記事で、独身女性である大統領に対する、メディアによるセクシャルハラスメントと受け止められても不思議ではない代物だった。

 裁判所は、男性の携帯電話の履歴などの証拠を挙げて、噂を虚偽と断定。そればかりか、前支局長は事実関係を確認しないで書いており、「虚偽かもしれないという程度の認識はあった」とも認定している。これを前支局長はマユツバものの噂にすぎないと明記することもなく、「ウワサの真偽の追及は現在途上」などという、いわくありげな留保をつけただけで流した。これはマスメディアが噂の拡散をしただけであり、とても新聞記者の仕事とはいえない。事実をできるだけ正確に伝えるという役割を果たさなかった点において、日本の読者に対しても不誠実な態度ではなかったか。

 同社は、慰安婦報道をめぐる朝日新聞の対応に、どのメディアよりも強い批判をしてきた。朝日が第三者委員会を設置し、その報告書を発表した時にも、産経の社説「主張」は厳しい注文をつけ、こう書いた。

「事実のみによって歴史問題を正しく伝えていくことが、長期的に近隣諸国を含め、国際的な信頼と友好につながるということだ」

 新聞倫理綱領も、次のように謳っている。

「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」

 今日の問題も、明日には歴史となる。その日々の歴史をできる限り正確に記録していくことが新聞記者の仕事だ。そういう記者の倫理に照らして、今回のコラムはどうだったのか。そうした自己検証がないまま、前支局長を言論弾圧と闘うヒーローに祭り上げるかのような報道ぶりには、かなり鼻白む。産経は他社を批判するときの舌鋒は鋭いが、自らに対しては評価が甘くないか。社説で「裁かれたのは(前支局長ではなく)韓国である」と他者を批判するだけでなく、謙虚に自らを省みることも必要だろう。

 しかも産経新聞は、今なお何の注釈もつけずに、このコラムをネット上で公表し続けている。今回の問題の資料として公開を続けるにしても、報道機関としての倫理からすれば、同紙として噂の真偽を確認した結果か、裁判所で虚偽と認定された事実は付記すべきだろう。

 私たちもまた、今回の無罪判決を、単に韓国の「言論の自由」のありようを批判するだけでなく、これを我が身を振り返る機会にしたいものである。

メディアへの介入を強めている安倍政権

 日本では、さすがに記者が政権批判をしたからといって、起訴されるような乱暴な権力行使が行われる事態にはなっていない。だからといって、我が国の「言論の自由」は本当に大丈夫といえる状況だろうか。

 日本の現政権は、もっとスマートなやり方でメディア・コントロールを強めている。そのことは、よくよく自覚しておくべきではないか。とりわけテレビ局に対しては、ニュース番組で紹介される「街の声」にクレームをつけるなど、報道の内容にまで踏み込んで介入を行うようになってきた。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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