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フィリピンパブはいかにしてエンタメ映画の題材となったか? 『ピン中!』の社会的背景

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【リアルサウンドより】

 フィリピンパブ、行ったことありますか? 私は3回ほどあります。昔の話なので、あまり強い印象はないですが、日本人のキャバクラより安くて、カラオケがあって、ちょっとノリがいい……という感じだったような。意識高い系だったあの頃は、「経済格差に依拠したこのようなサービスは、いかがなものか?本国には、幼い子供がいて、両親・祖父母の生活は彼女の双肩にかかっているのだろうなぁ」などと、ありがちな感慨にふけり、ハマることはありませんでした。フィリピンパブにハマり中毒になった人や状態を、本作のタイトルである「ピン中」と呼ぶそうです。

 いわゆる「フィリピンパブ」は1980年頃に誕生したとされています。(一説では、元セクシー女優の麻美ゆまの実家が最古のフィリピンパブを経営していたとか? )1970年代より、在日米軍の軍人を相手にした飲食店などで演奏するフィリピン人のミュージシャンが、「興行ビザ」で来日していましたが、1981年に、日本とフィリピンの間で、フィリピン人エンターテイナーのビザ発行を促す協定が結ばれ、接客を行うホステスが数多く入国するようになりました。

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