ビジネスジャーナル > 企業ニュース > 震災、自動車メーカー一致団結の奇跡  > 4ページ目
NEW
片山修「ずたぶくろ経営論」

震災、知られざる全自動車メーカー一致団結の奇跡の物語…日産2トップの離れ技

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

 日本企業の地方工場の従業員は、地元出身者が圧倒的に多い。つまり、従業員は「おらが町の工場」という意識が非常に強い。愛着を持っている。そのいわき工場が原発事故で一大事、閉鎖の危機に直面しているのだ。閉鎖されれば、雇用は失われる。路頭に迷うことになる。彼らの士気が上がらないのは当然だった。

志賀の危機突破大作戦

 志賀は、沈痛な空気を破るべく、その場で2つのことをメンバーに伝えた。

 ひとつは、復旧は放射能の問題を含めて安全を最優先にする。これは、誰が考えても当然だった。後日、日産はいわき市役所に社員を常駐させ、放射能漏れの正しい情報と市の判断を入手し、毎日電話で横浜の「災害対策本部」に報告させた。また、いわき工場では、午前と午後の一日二回、いわき市の測定した放射能レベルの情報を場内放送で流した。放射能による影響についても、産業医と相談のうえ従業員に伝えた。

 もうひとつの提案は、大胆だった。「明日から本格的な復旧作業に入る」と宣言したのだ。志賀は、思い切った行動に出る。同日午後、今津と小沢を連れて、車で市庁舎に向かった。いわき市長(当時)の渡辺敬夫に面会するためである。3人は14時過ぎに市庁舎に到着した。

 訪問の連絡を受けたとき、渡辺はてっきり「工場撤退の話に違いない」と覚悟した。原発事故の影響は今後、何年間続くかわからない。見当もつかない。だから、いわき工場を閉鎖し撤退するとトップ自らが伝えにきたに違いないと考えた。渡辺は、動揺を抑えるようにひとまず被害状況の説明をした。津波による死者は191人、2万人の市民のうち、1万5000人は避難所で避難生活を送っているという内容だった。

 これを受けて、志賀が口を開いた。

「日産いわき工場は、撤退する考えはありません」

 こう前置きして、次のように言葉を継いだ。

「ただ、わが社だけが突出して復旧をかければ、自分たちだけよければいいのかという話になりかねません。工業団地で一斉に復旧に入りませんか。どうか、市長からも工業団地の企業をあげた復旧を働きかけてください」

 志賀の真正面からの危機突破大作戦に、予想だにしていなかった渡辺は驚いた。いわき工場のある小名浜臨海工業団地周辺の放射能レベルは、すでに安全なレベルにまで下がっている。すなわち、志賀は残されている心理的な壁を撤廃するため、市長の協力を求めたのである。そればかりか、志賀は復旧の実現に向け自ら行動すると約束したのだ。

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

震災、知られざる全自動車メーカー一致団結の奇跡の物語…日産2トップの離れ技のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!