NEW

『アーロと少年』はなぜ圧倒的リアリズムで“自然”を描いた? アメリカ西部劇との共通点から探る

【この記事のキーワード】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【リアルサウンドより】

 馬や牛など家畜の肌に、熱した「焼きごて」をじゅうじゅうと押し付け、カウボーイが自分の牧場の家畜だということを示す「焼印」をつける。自社の製品をトレードマークで表示する「ブランド(Brand)」という概念は、もともとこの「焼印」から生まれているという。家畜に苦痛を与えるため、現在では、この方法は動物への残酷な仕打ちとして糾弾されており、その慣習をとりやめた農家や、苦痛を軽減するように開発された、ドライアイスなどを利用する「凍結烙印」に変更した農家もいる。そこまでして家畜に印をつけなければならないのかという疑問も起こるが、これは開拓時代のアメリカ西部を含む、ワイルドな伝統文化であり、彼らにとって誇らしい生き方の証であったことも確かである。

 ピクサー・アニメーション『アーロと少年』は、「恐竜が絶滅しなかった世界」という設定で、知能を持って言葉を話し農作業や牧畜を営む恐竜と、いまだ進化の途上で四足歩行をしている人間との友情を描いた、少し風変わりな感動作だが、実際に見てみると、これが思いもかけず正統的な「アメリカ西部劇」の世界を受け継いでいるということが分かってくる。ワイルドな自然が広がるワイオミングを舞台に、農夫である大型草食恐竜のアパトサウルス、牛を追って生活をするカウボーイのティラノサウルス、牛泥棒や悪漢たち、そして名犬として扱われる人間の少年など、それぞれの恐竜や生き物に西部劇おなじみの役割が与えられている。その下敷きにされた西部劇のなかでも、多くの点で本作とつながりがあると思われるのが、アメリカを代表する名作西部劇『赤い河』だ。ここでは、両作品のテーマやスピリットについて考えながら、『アーロと少年』で描かれた物語と映像の意味に迫っていきたい。

続きはこちら