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『太陽』はなぜリアルに感情移入できるのか? 入江悠監督が“不寛容の時代”に投げかけたもの

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【リアルサウンドより】

 ドナルド・トランプ氏の物言いしかり、昨今話題の有名人の不倫に対する日本社会(?)の対応しかり…寛容さの欠如という以前に、そもそも相手の立場になって少しでも何かを想像することがあまりにもできなくなっている。そんな時代に、この傑作が公開されるということは、歴史的な必然なのだろうか。

 新人類【ノクス(夜に生きる存在)】と、太陽の下で自由に生きられるものの、ノクスに管理されることで貧困を強いられている旧人類【キュリオ(骨董的存在)】。2つの人類の相克を描く『太陽』は、様々なメタファーをはらんでいる。言い換えれば、世代を問わず、誰にでも感情移入が可能ということだ。しかし、持てる者と持たざる者(あるいは、勝ち組と負け組とか? )という単純な話ではない。そこが、本作を非凡たらしめているゆえんだろう。

 「『太陽』の世界観と問題提起は僕自身がもやもやと抱いていたものと近く、そういう意味では自分にとって10年に1度の企画だと思いました」と入江悠監督が語るように、今の時代に対する強い問題意識を感じる映画なのである。

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