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荻野洋一の『シビル・ウォー』評:スーパーヒーローたちの華麗なる饗宴の影にあるもの

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【リアルサウンドより】

 『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』は、アメコミヒーローの内輪揉めを描いている。たくさんのアメコミヒーローがたがいに対立し、すさまじい喧嘩を繰り広げ、そのバトルアクションは質量ともに私たち観客の五感を圧倒してやまない。しかもバトルアクションがたっぷりと盛られているとはいっても、たとえば『トランスフォーマー』シリーズ近作のように粗雑なシナリオと構成の上で派手なバトルアクションばかりがひたすら持続するというのではなく、熟考された構想のもとに展開され、その点で見応えがまったく違う。

 映画の最初で、アフリカの都市に出動したアベンジャーズのメンバーは、戦いの最中に一般人を巻き込んで大勢の犠牲者を出す、という大失態を演じてしまう。「アベンジャーズはいったいどんな権限があって、あのような暴挙を繰り返すのか?」と、国際世論は厳しさを増した。彼らを国連の監視下におき、国連の許可なく行動を取れなくする「ソコヴィア協定」が議論される。そして、「ソコヴィア協定」に賛成するアイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr.)やブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)側と、調印を拒否するキャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)側が対立することになる。

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