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片山修「ずたぶくろ経営論」

ここ最近、日本企業の不祥事が多発する「ある深刻な理由」

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東芝・不適切会計問題で陳謝する室町前社長(「ロイター/アフロ」より)
 企業の不祥事が一向に収まらない。2015年7月、東芝は不正会計が明らかになり、かかわった歴代3社長が辞任した。16年4月には、三菱自動車で大規模な燃費データの不正が発覚。5月には、スズキが燃費測定に関する不正問題を引き起こした。自動車部品メーカーのタカタは、いまだにエアバッグの欠陥問題の渦中にある。


 不祥事を起こせば、一瞬にして社会からの信頼を失い、破綻に追いやられるケースもある。少なくとも、不祥事を発生させた企業が経営を再生させるまでには、膨大な時間とコストがかかる。にもかかわらず、日本企業はなぜ、かくもたて続けに不祥事を引き起こすのか。

 カギを握るのは、経営者である。不祥事の陰には、多かれ少なかれ、経営者の“小粒”化がある。いったい、なぜ、経営者はかくも小粒になったのだろうか。以下は、日本企業のトップをめぐる最新事情である。

“攻めの経営”から“守りの経営”へ


 戦前から戦後にかけて、パナソニック創業者の松下幸之助、ソニー創業者の盛田昭夫や井深大、ホンダ創業者の本田宗一郎など、多くのカリスマ経営者が輩出された。

 彼らには経営の「大義」があった。戦争で壊滅した日本経済の復興というシンプルで崇高なビジョンは、大胆な経営を推し進める原動力となった。この頃のカリスマ経営者たちは、アイデアがあれば即実行し、見込みがなければ即撤退するというように、失敗を恐れることなく、リスクをとって“攻めの経営”を貫いた。たとえば、本田宗一郎が町工場のミカン箱に乗って2輪の世界レース「マン島TTレース」への出場を高らかに宣言し、ついに優勝を成し遂げたのは、世界一になりたいという夢があったからである。

 盛田昭夫は、「米国で売れるものは世界で売れる」という信念のもとに、トランジスタラジオを携えて米国に渡り、その後、世界にソニーの販路を広げた。

 ところが、1990年代に入ると一転、「大義」をもつ経営者は影を潜め、“守りの経営”が主流になった。いってみれば、経営者が小粒になったのである。

 なぜ小粒になったのか。まず、外部要因として、経済成長の鈍化があげられる。

 経済が成長していれば、おのずと結果がついてくるため、思い切ったチャレンジができる。イケイケドンドンで攻めの経営が可能だ。ところが、経済が鈍化すれば、リスクを最小限にとどめる経営を選ばざるを得ない。失敗を恐れ、無難な道を選ぶようになる。おのずと守りの経営になる。