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江川紹子の「事件ウオッチ」第60回

「日本国の象徴」とはーー天皇陛下の【お気持ち表明】に思う

文=江川紹子/ジャーナリスト
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「日本国の象徴」とはーー天皇陛下の【お気持ち表明】に思うの画像1表明された「お気持ち」には、「生前退位」の意向が強くにじんでいた(「宮内庁HP」より)

 昭和の時代に生まれ育った私にとって、「天皇」は遠く、しかも戦争との関わりが常について回る、重くて暗い存在だった。そんな私が、初めて「天皇」の存在を身近に感じたのは、雲仙・普賢岳の噴火災害の最中の長崎県島原市でだった。

「常に国民と共にある」象徴天皇

 普賢岳は1990(平成2)年11月、198年ぶりに噴火。翌年6月3日の大火砕流では43人が犠牲になり、地元自治体はその後も火砕流や土石流の被害が懸念される地域に、強制力を伴う警戒区域を設定し、住民たちは長い避難生活を送ることになった。

 私が仮設住宅を訪ねると、どこの家庭にも天皇ご夫妻の写真が飾ってあった。大火砕流の翌月に現地入りされた両陛下は、亡くなった消防団の家族を慰め、被災者の声を聞き、励ましていた。その時の写真だった。

 被災者のこんな言葉が忘れられない。

「ここには政治家がいっぱい来て、いろんな約束をしてくれた。でも、永田町に帰ると、すぐ忘れてしまう。陛下は何も約束しなかった。ただただ、心配してくれた。きっと今も心配してくれている」

 いつ噴火活動が終息するか見通しが立たないなか、住民は生活再建の目処もつかず、政府の支援策もなかなか打ち出されない状況に苛立ち、疲れていた。政治に見捨てられているのでは、との疑心暗鬼も広がっていた。けれども、両陛下が心を寄せてくれていると感じることで、自分たちもまた、この国の一部であり、決して見放されているわけではないという思うよすがになっているようだった。誰かに強いられるのではなく、自然にそのような感情が湧いてくる関係。私は、この時に初めて日本国憲法にある「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇とは、こういう存在なのかと思った。

 両陛下は、その後も大きな災害が起きるたびに現地に出かけ、人々を慰めたり励ましたりされた。それは被災地訪問に限らない。即位以来の天皇陛下の言動は、憲法を遵守し国民に尽くすという点で一貫されている。今回のビデオメッセージを聞き、陛下がいかにそれを「象徴天皇としての務め」として大切に考えてこられたかが改めてわかった。

 同時に、陛下がなぜ公務軽減に消極的な立場を取ってこられたのかも、よく理解できた。陛下は、公務がしんどいから引退したいと望んでいらっしゃるわけではなかった。

 陛下にとっては、「常に国民と共にある」ことこそが象徴天皇の役割で、それが果たせなくなった時に、その地位にとどまり続けること、さらには自らの病や死が国や国民に対して負担やマイナスの影響を及ぼす事態が耐え難いのだろう。

 それなのに今回、陛下が生前退位を望んでいらっしゃるという報道がなされた後も、公務の軽減などによって対応していこうとする「政府関係者」のコメントなどが報じられた。それがいかに陛下のお考えとズレていたのか、メッセージを聞いてわかった。

 おそらく、陛下はこれまでさまざまな機会に、自身の考えを内々に伝えてこられたのだろう。けれども、「関係者」からは、こういうピントはずれの反応しか返ってこないため、業を煮やして主権者たる国民に直接思いを伝え、考えてもらいたいと促されたのが今回のメッセージではないか。

「想定外」ではすまされない

「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」

 これを聞いて、40代以上の人は昭和の最後の日々を思い出したに違いない。昭和天皇が大量の吐血で倒れて以降、報道関係者は皇居の前に陣取り、毎日のように血圧や体温、下血量や輸血量が報じられた。「自粛ブーム」が広がり、さまざまな分野で影響を及ぼした。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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