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2013年の経済界を展望する(5)

「経産省無責任体制」ルネサス支援で国民が払うツケ…革新機構とトヨタのすれ違いも

post_1319.jpgウェブサイトも半官半民。
(「企業再生支援機構HP」より)
 2012年12月10日、政府系ファンドの産業革新機構による半導体大手、ルネサスエレクトロニクスの買収が正式に決まった。

 ルネサス13年2月から9月にかけて1株120円で12.5億株、1500億円の第三者割当増資を行う。このうち革新機構が1383.5億円を引き受ける。出資比率は69.2%で筆頭株主となる。

 残りの116.5億円は企業連合、8社が出す。トヨタ自動車の出資額は50億円、日産自動車は30億円、デンソー、ケーヒンの2社が各10億円、パナソニック、キヤノン、ニコンの3社がそれぞれ5億円、安川電機は1.5億円だ。革新機構はさらに追加出資または融資を500億円を上限に行う予定だ。

 ルネサスの経営再建は革新機構の手に委ねられた。

 ルネサスの支援はトヨタ自動車が主導した。トヨタは12年8月末に米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が総額1000億円でルネサスを買収したいと提案したのを受け、外資系ファンドの傘下に入った場合の影響を分析した。

 ルネサスは自動車や家電の制御に使われる基幹部品、マイコンを製造している。11年3月の東日本大震災でルネサスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)が被災し、操業を停止したためトヨタ、日産、ホンダなど自動車メーカーの生産が一斉にストップした。

 燃費や走行性能を左右するエンジンユニットに組み込むマイコンは特注だ。代替が利かない。日本の自動車メーカーが技術的に優位に立っているハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)に使われるマイコンはすべて特注品だ。

 KKRが経営権を握れば経営改善策として顧客の要望に応じた特注品の生産を減らし、儲けの大きい汎用品だけしか作らなくなる恐れがある。

 トヨタは「新車開発に支障が出かねない」と結論づけた。同年9月に入り水面下で経済産業省にルネサス支援を働きかけ、日産自動車など同業他社のほかパナソニックなどの電機業界にも広く支援を打診した。

 経産省内では当初、政府支援への慎重論が強かった。半導体大手エルピーダメモリが公的資金の注入を受けながら12年2月に経営破綻したばかりだったからだ。だが、KKRが買収してルネサスのマイコン技術が海外に流出すれば「国内製造業の基盤が崩れかねない」との声が広がった。

 ルネサスへの出資の機会をうかがっていた革新機構は、KKRの登場によって局面が大きく変わり、公的資金を注入してルネサスを救済する大義名分ができたと判断した。KKRに背中を押され、官民一体となったオール・ジャパンによる支援体制ができ上がった。

 だが、問題はこの枠組みがうまく機能するかどうかである。早くも、革新機構とトヨタとの思惑の違いがみえてきた。革新機構はルネサスの収益悪化の原因は顧客の注文に細かく対応しすぎた点にあったとして、全メーカーが使えるような製品を増やして標準化を進めれば収益は急速に改善すると考えている。この点ではKKRの考えと同じだ。

 トヨタの考えはまったく違った。HVなど新車に使う特注品のマイコンを安定的に供給してもらうことがルネサス救済に動いた最大の目的だったからだ。

 今後はマイコンの供給先、すなわち大口の顧客が株主になる。取引の構造は複雑になる。ルネサスが十分に利益を得られる価格でマイコンを販売するのは難しいとの懸念が出始めている。

 最初の関門は再建のカギを握る社長人事だろう。革新機構はお目付け役として役員を派遣するがトップには半導体を熟知している人物を据えるとしている。特注品を続けるにしても、従前のやり方はできない。汎用品の比率をどの程度高めるかなど経営方針を巡って革新機構とトヨタなど株主側が衝突する場面も予想され、新社長の経営のカジ取りが注目される。

 革新機構が描くルネサス再建は事業の絞り込みだ。事業は自動車などの電子機器を制御するマイコン、電力制御用などのアナログ・パワー半導体、携帯電話やゲーム機などのシステムLSI(大規模集積回路)の3つである。

 この中でマイコン事業が再建の柱と位置付けられている。車載用マイコンのシェアは42%で世界首位。マイコンだけでやっていけると判断している。

 第三者割当増資で調達する1500億円はマイコン事業の強化に600億円、自動車向けと産業向けがそれぞれ400億円、経営基盤の再構築に100億円を振り向ける。

 赤字の元凶であるシステムLSI事業は本体から切り離す。12年3月期の同事業は営業損益段階で1100億円の大赤字。マイコン事業の350億円の黒字を食い潰し、同期の最終赤字、626億円の原因となった。

 携帯電話やデジタル家電、ゲーム機、自動車エンジン制御などに使われるシステムLSIは顧客からの注文で多くの品種を少量生産してきた。機能の向上が常に求められコストがかさむ。しかし、販売価格は競争が激しくて上げられない。ルネサスは、顧客のわがままを聞く限り恒常的に赤字体質のままなのだ。だから増資で得る資金をシステムLSIに充当するつもりはない。LSI事業の分離を前提に再建計画を立てている。

 システムLSI事業の受け皿として考えられているのがルネサス、富士通、パナソニックのシステムLSI事業の統合だ。3社の統合交渉は12年2月に表面化した。しかし、ルネサスの経営不振が深刻になり、交渉は中断した。今回、ルネサスへの出資がまとまったことで今年度末(13年3月末)までに合意を目指している。

 3社のシステムLSI事業の年間売上高は合計で7000億円で世界有数の規模だ。ルネサスの出資母体企業は日立製作所、三菱電機、NECだから、この経営統合が実現すれば、日立、三菱電機、NEC+富士通、パナソニックとなる。エレクトロニクス大手5社のLSI事業が一つに括られるということだ。

 計画では設計開発部門と生産部門を分離し、それぞれ統合する方式をとる。これなら技術力と価格交渉力の向上を同時に図れる。日本のメーカーはこれまで設計・開発から生産、販売まで一貫して行う自前主義にこだわってきた。海外勢は両部門を分離して経営の効率化を進めており、日本企業は技術力や価格競争力で劣勢に立たされてきた。

 半導体の受託製造大手、米グローバルファウンドリーズと革新機構が共同で設立する新会社にルネサスや富士通の工場を移管する。今後、巨額の設備投資が不要になり収益の改善が期待できる。

●互いにライバル視? ふたつの政府系ファンドとその思惑

 革新機構がシナリオを描いたルネサスの再建計画と3社のシステムLSI事業の統合計画はワンセットだ。どちらが欠けてもジクゾー・パズルは完成しない。

 産業革新機構は2009年7月、産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法に基づき設立された。出資金は1560億1000万円。政府出資が1420億円、民間出資が140億1000万円(27社2個人)。日本政策投資銀行が10億円、三菱東京UFJ銀行などの大手銀行やトヨタ自動車、パナソニック、東芝、日立製作所といった事業会社が各5億円を出資した。革新機構の能見公一社長兼CEO(最高経営責任者)と朝倉陽保専務兼COO(最高執行責任者)が各500万円ずつ合計1000万円を出した。能見社長は元あおぞら銀行会長、朝倉専務は米カーライル・グループの幹部だった。

 政府の保証枠は1兆8000億円。経済産業大臣が業務を監督する。実態は経産省が運営する政府系の投資ファンドなのである。

 もうひとつの政府系ファンドに企業再生支援機構がある。09年10月に株式会社企業再生支援機構法に基づき金融庁管轄の預金保険機構の子会社として設立された。社長は東邦銀行元頭取の瀬谷俊雄氏。07年に解散した産業再生機構とほぼ同じ機能を持ち、金融機関からの債権の買い取りや出資するために必要な資金を政府保証で1兆6000億円確保した。

 支援機構は日本航空の再建に携わった。日航は12年9月、上場廃止から2年7カ月という超スピードで再上場を果たした。日航に投じた資金は3500億円。保有していた日航株を全株売却して、6000億円のキャッシュを手にした。銀行に利子をつけて返済した後、支援機構には3000億円の売却益が残った。この売却益は国庫に納付された。

 もともと支援機構は経営資源を持ちながら過大な債務にあえいでいる中堅・中小企業の事業再生を支援する目的で作られた組織だ。民主党政権が日航の再生に支援機構を使ったのは極めてイレギュラーなかたちなのだ。

 企業再生支援機構が支援したのは日本航空を含めて28件ある。PHS(簡易型携帯電話)のウィルコムはソフトバンクグループの傘下で経営再建中。照明器具のヤマギワは2012年12月にMARUWAに全株式を売却し支援を終了した。支援先で最も多いのが病院。医療法人養生院(鎌倉市)、医療法人社団全人会(東京・調布市)など9件にのぼり、病院が全体の3分の1を占める。支援機構は経営不振に陥った病院の“駆け込み寺”と揶揄された。

 安倍政権は支援機構を本来の設立目的に戻す。企業再生支援機構を4月に「地域活性化支援機構」(仮称)に改組。地方銀行や信用金庫などが中小企業再生のためにつくるファンドに出資できるようにする。ファンドを後押しすることによって3月末で終了する中小企業金融円滑化法のあとの中小企業支援に役立てる。1月中にまとめる緊急経済対策に改組を盛り込み、関連法の改正案を通常国会に提出する。

 革新機構は日航への投資で大成功した支援機構をライバル視している。日の丸半導体、ルネサスエレクトロニクスの完全復活を果たし、何が何でも実績を上げなければならない事情がある。

 革新機構がまず手がけたのが中小型液晶パネル事業の統合である。韓国や台湾など新興国のメーカーに押されているのは、液晶パネルも存亡の危機に立たされている半導体とまったく同じだ。こうした問題意識から12年4月、ソニー、東芝、日立製作所の3社の中小型液晶パネル事業を統合した新会社、ジャパンディスプレイが設立された。資本金は2300億円。出資比率は議決権ベースで見て革新機構が70%、ソニー、東芝、日立がそれぞれ10%になる。社長には破綻した半導体大手のエルピーダメモリの大塚周一・前COO(最高執行責任者)が就任した。

 テレビ向けなどの大型の液晶パネルでは韓国サムスン電子など海外勢の後塵を拝している。ジャパンディスプレイが経営再建の切り札として期待するのがスマートフォン(高機能携帯電話)やタブレット端末に使われる中小型の液晶パネルだ。画質などが評価され、ジャパンディスプレイとシャープが米アップルからスマホ「iPhone」向けのパネルを受注した。中小型は日本勢が優位を保っている。

 NPDディスプレイサーチによると11年(暦年)の中小型液晶のシェアはジャパンディスプレイの出身母体となった3社が合計、19.9%で首位。2位は15.8%のシャープで日本勢が優勢だ。これを確かなものにするために革新機構がジャパンディスプレイに出資して、実質国有化に踏み切ったわけだ。

 ジャパンディスプレイはパナソニックから茂原工場(千葉県茂原市)を買い取り、1000億円を投じて中小型パネル用に改修。13年上半期に稼動させる。さらに中小型の有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)パネル用のラインを数百億円を投じて茂原工場に新設する。ジャパンディスプレイは初年度(13年3月期)から黒字を見込んでいる。

 ジャパンディスプレイの出足が好調なことに気を良くして2匹目のドジョウを狙ったのがルネサスの実質国有化なのである。追加出資枠を含めて1883.5億円を投じてルネサスを買収する。これはジャパンディスプレイへの出資2000億円に次ぐ規模の大型投資となる。

●実質国有化・ルネサス救済の功罪

 革新機構は2025年3月末までの時限組織でそれまでに保有株式の売却などを通じて資金を回収する。回収総額が投資総額を下回れば、その分は税金で穴埋めされる。ルネサスの経営を再生できなければ回収総額は大幅に減り、その分、国民の負担が増える。

 国有化といっても「一時国有化」と「実質国有化」では意味するところがまったく違う。一時国有化は企業の破綻処理である。日本航空がこれに当る。これに対して、実質国有化は企業の法的責任は問わず、企業を公的資金で救済するやり方だ。東京電力がこれに当る。

 法的処理では企業(経営者)の責任、株主の責任、債権者の責任が一括して問われるが、実質国有化という美名に隠された救済なら経営責任、株主責任など、もろもろの責任は追及されずに済む。

 革新機構によるジャパンディスプレイとルネサスエレクトロニクスへの投資は企業の経営責任を問わない実質国有化であり、税金を注入するツケを国民に回すものだ。経営に失敗して出資額がまるまる戻らない、全損という事態に陥っても日の丸半導体、日の丸中小型液晶計画を捻り出した経産省の官僚たちが責任を取ることは絶対にない。

 買収資金の出所は国の金=税金だ。税金を投入して果してルネサスの再生は可能なのか。再建に失敗すれば出資金(=税金)は回収できず国民の負担になる。前身のルネサステクノロジ時代から数えると7期連続の万年、赤字会社が、そう簡単に再生できるとは思えない。

 無責任体制で、スケジュール通り出港する“ルネサスエレクトロニクス丸”が順調に航海できたとしたら、それこそ奇跡である。第三者割当増資が完了する9月末までに経営体制がどう刷新されているかが最初の関門となる。
(文=編集部)

BusinessJournal編集部

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