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村澤典知「時事奔流 経営とマーケティングのこれから」

「ありえなかった」リオ五輪リレー銀、卓越した組織戦略&ギリギリのリスクテイクが結実

文=村澤典知/インテグレート執行役員、itgコンサルティング 執行役員
「ありえなかった」リオ五輪リレー銀、卓越した組織戦略&ギリギリのリスクテイクが結実の画像1リオ五輪男子400mリレーで銀メダルを獲得した日本代表チーム(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

数値で見る、男子400mリレーの銀メダルの奇跡

 リオ五輪男子400mリレー日本代表の銀メダル獲得の衝撃はとてつもなく大きい。日本だけでなく、世界中を震わせる結果となった。

 100m個人種目ではだれも決勝に進出できなかった日本。それに対して、ジャマイカや米国は全員が自己ベスト9秒台で、ファイナリストも2名ずついる。また、単純な4走者のベストタイムを比較すると、ジャマイカは38.89秒、米国は39.12秒に対して、日本代表は40.38秒と、1.5秒前後の開きがある。1秒で約10m進むこの種目で1.5秒のタイム差は15m以上の大差になってあらわれる。こういった数値を見れば見るほど、レース前には日本がジャマイカと競り、米国より速いタイムでゴールできるとは想像できなかっただろう。ちなみに米国はテイクオーバーゾーン以外でのバトンパスで失格になったが、そのままゴールしても日本代表のほうが勝っていた。

 日本代表のこの奇跡をどう見るか。アンダーハンドパスによる高速バトンパスといった技術的な話や、勝負強さやチームワークといったマインドで終えてしまうのはもったいない。この400mリレー銀メダルの奇跡の裏側には、日本企業がグローバル競争で勝ち抜くためのヒントがちりばめられている。

バトンパスと組織連携

 まずは、「バトンパスと組織連携」だ。日本チームは、アンダーハンドパスという下から手を伸ばしてバトンを渡すやり方を徹底して訓練している。これにより、バトンを受け取る次の走者が加速した状態でスタートができるため、静止した状態からスタートする通常の100mのタイムが遅くてもカバーすることができる。ポイントは、バトンを渡される相手の走りやすさを思いやり、少しでも加速した状態で走れるような状況をお膳立てすることにある。

 企業の場合でいうと、自分が取り組んだ成果物を渡す相手(上司や他部門のスタッフなど)のことを考え、やりやすい状態で業務に着手できるようにすることだ。

 トヨタ自動車では、ディーラーや生産ラインに限らず、社内においても「後工程はお客様」と捉えられ、自分の仕事を受けて仕事をするスタッフをお客様のように大切な存在と考え、ミス(品質不具合)や遅延(納期遅れ)のない仕事をすることを強く求められる。また、その過程で「ムダ」なものは継続的な改善活動によってそぎ落とされていくことになり、結果として日本代表のバトンパスのように磨かれた連携ができ上がっていく。

適材適所と戦略人事

 2つ目は、「メンバーの適材適所と戦略人事」だ。通常、400mリレーでは直線コースを走る第2走者にはエース級の人材を走らせる。実際に、米国は100m個人種目で銀メダリストのジャスティン・ガトリンを、ジャマイカは4位のヨハン・ブレークが走った。対して、日本はというと、ベストタイムが今回の4人の中では最も遅く、100m個人種目に出場していない飯塚選手を起用してきた。

 一見するとおかしな人選だが、この適材適所にこそ秘訣がある。ベストタイムから考えると、桐生選手や山縣選手が第2走者になりそうだが、桐生選手はストレートよりもコーナーリングを得意としており、世界でもトップクラスだ。山縣選手は、スタートダッシュを得意としている。また、ケンブリッジ飛鳥選手は今年になって急速に記録を伸ばし、リレーの日本代表チームとしての練習経験も少ないため、バトンをもらうだけで良い最終走者とした。そして、飯塚選手は加速してからのスピードと持続力は非常に高いため、バトンパスで十分な加速ができていれば、各国のエース級の選手と対等に走れることもわかっていた。

 このように、単なる直線でのベストタイムではなく、どのようなコース、状態であればその選手の能力が最大限に生かされるかを踏まえた、優れた適材適所がされている。企業の世界でいうと、「人事(人材配置)」をどうするかだ。

 企業は、過去の人事異動のやり方や年齢・社歴等で決める「調整人事」と、事業目標を達成することを最優先に年齢や社歴等を問わずに最適な人材を配置する「戦略人事」がある。全般的な傾向としては、まだまだ「調整人事」が多く、「戦略人事」を実施している企業はごく一部にとどまる。また、そもそも戦略人事を実施するベースとなるスタッフの能力・資質の可視化がされておらず、まずはここから強化する必要があるだろう。

ストレッチとリスクテイク

 
 最後は、「ストレッチとリスクテイク」だ。今回の日本チームも、決勝のバトンパスではかなりのリスクを負っていた。予選でアジア新記録となるタイムをたたき出し、全体2位で通過したものの、ジャマイカや米国がエース級の選手を温存したこともあり、決勝ではさらに記録を伸ばさなければ目標とするメダル獲得が難しいことを選手たちは認識していた。

 そこで選手たちは、バトンパスをする際の選手間の幅をできる限り広げ、成功するか失敗するかのぎりぎりの状態で見事にバトンパスを成功させた。決勝では米国やカナダなどの他チームと僅差だったことを振り返ると、選手たちの想定した通り、果敢にリスクをとったからこそアジア記録をさらに塗り替え、銀メダルを獲得することができた。

 国内ではなく、グローバル市場での熾烈な競争を勝ち抜くためにストレッチとリスクテイクをしている企業といえば、ソフトバンクだろう。あの身の丈を超える積極的なM&A(合併・買収)をすることにより、他社を圧倒するスピードで企業価値を高めることに成功している。

 また、ストレッチは何もソフトバンクのような全社規模でなくても良い。市場環境と自社の競争力を冷静に見ながら、どの水準の目標値であれば各部門やスタッフかなんとか超えられるラインなのかを判断し、適切な目標設定をするとともに、実行段階において多頻度でのPDCAを回すことで実現することができる。

カリスマやスター社員に頼らない組織力

 男子400mリレーの日本代表の成功から学べる要素としては、「社内間でもお客様のように捉えて連携すること」「慣例ではなく目標達成を重視した戦略人事をすること」、そして「なんとか到達可能なストレッチ目標とリスクテイクをすること」が大きい。しかしながら、この本質は、米アップル創業者のスティーブ・ジョブズやアマゾン創業者のジェフ・ベゾスのようなカリスマやスター社員に頼らず、組織としてのパフォーマンスをいかに最大限引き出すかにある。

 2020年の東京五輪で男子400mリレー日本代表が金メダルを目指すように、日本企業も「個に頼らない組織力」を高めることで、グローバルプレーヤーと伍して戦うことができるだろう。
(文=村澤典知/インテグレート執行役員、itgコンサルティング 執行役員)

村澤典知

村澤典知

インテグレート執行役員、itgコンサルティング執行役員。一橋大学経済学部卒。トヨタ自動車のグローバル調達本部では、調達コスト削減の推進・実行を中心に、新興国市場での調達基盤の構築、大手サプライヤの収益改善の支援に従事。博報堂コンサルティングでは、消費財・教育・通販・ハイテク・インフラなどのクライアントを担当し、全社戦略、中長期戦略、マーケティング改革、新規事業開発、新商品開発の導入等のプロジェクトに従事。A.T.カーニーでは、消費財・外食・自動車・総合商社・不動産・製薬業界などの日本を代表する企業のグローバル成長戦略、中期経営計画、マーケティング改革(特にデジタル領域)、M&A、組織デザイン、コスト構造改革等のプロジェクトに従事。2014年より現職。大手メーカーや小売、メディア企業に対し、データ利活用による成長戦略やオムニチャネル化、新規事業開発に関する戦略策定から実行までの支援を実施。


株式会社インテグレート

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