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江川紹子の「事件ウオッチ」第62回

誰の、なんのための裁判なのか――【オウム・高橋克也被告裁判】で噴出した裁判員裁判への異議

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 被害者たちのフラストレーションを招いているのは、被告人の態度だけでない。その思いは、裁判のあり方にも及んだ。口火を切ったのは高橋シズヱさんだった。

「被害者参加制度を初めて利用して、一審で質問できたことは成果でしたが、裁判員裁判はこれでいいのかと思いました。高橋克也も一度は心が揺れたことがあるという話をちらっと聞きましたが、そういう心の問題は、争点に入っていなければ裁判では全然出てこない」

 1995年に始まったオウム裁判は、2011年12月12日にサリン製造などに関わった遠藤誠一元幹部への死刑が確定し、いったん終結するまでに200人近い信者や幹部が裁かれた。そのなかでは、回を重ねた被告人質問で、生い立ちからオウムとの出会い、教団での経験や逮捕されてからの心境の変化などをじっくりと聞いたり、家族やオウムに入る前の友人、恩師などを呼ぶなどして被告人の内面に迫る証人尋問を行った裁判もあった。

 審理のペースは、月に4回の公判が入った教組の裁判を除いては、月に2回程度。たしかに時間はかかったが、その間に被告人が変化していく様子も見えた。たとえば、地下鉄サリン事件の実行犯の1人は、遺族の証言を間近で聞いて激しく動揺したらしく、その後しばらく精神的に不安定な状況となった。

 裁判の目的は、被告人が罪を犯したかどうかを吟味することではある。ただ当時のオウム裁判は、同時に一人ひとりの心に分け入って、前途ある若者たちがなぜこうしたカルト犯罪に関わってしまったのかを含めて、真相に少しでも近づこうと努力する場でもあった。そうした裁判が実現したのは、被告人自身が罪の意識を持ち、背景も含めて事件全体を読み解こうと考える弁護人がついた法廷に限られてはいたが、そこではカルトが人々の心を支配していくプロセスも垣間見え、実にさまざまなことがわかった。

 高橋シズヱさんは、とりわけ林郁夫元幹部(無期懲役刑が確定し服役中)と井上嘉浩元幹部(死刑が確定)の2人の公判が印象に残っている、という。

「時に、尋問の趣旨から外れたことも言っていたが、それによって『教団とは』『教義とは』『そこでの人間関係とは』『本人はどう思っていたのか』といったことがかなり出てきて、どうして事件が起きたのかを立体的に見ていくことができた。それに対して今回の裁判は、争点に関することしかやらない。なぜ、被告人を理解するための裁判をやらないのかなと感じていた。

 井上の控訴審では、弁護人が『用意してきたものではなく、今の率直な気持ちを言いなさい』と呼びかけて、被告に今のありのままの気持ちを吐露させた。それは聞いていて心に響いた。今回の高橋克也被告の裁判では、そういうことが何もなかった」

「うるおいのない、心がない裁判だった」

 裁判員裁判では、裁判員の負担を考え、極力迅速な裁判を目指す。時間を短縮するために、争点を絞り、証人を絞り、その質問事項も絞る。法廷では、裁判長がタイムキーパーのように尋問時間を気にかけ、予定時間を超えないよう厳しく制限する。

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