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トランプ、国境税と経済の基本を理解していない可能性…思いつき政治で米国経済自滅も

文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授
トランプ、国境税と経済の基本を理解していない可能性…思いつき政治で米国経済自滅もの画像1トランプ米新大統領就任式(The New York Times/アフロ)

 1月11日、米大統領当選後初めてトランプ氏が記者会見を開いた。多くの金融市場参加者は、この会見でトランプ氏が財政出動、規制緩和、減税からなる“トランプノミクス”の具体策を示すか否かに注目していた。ただ、記者会見では経済成長への具体策は示されなかった。そのため、年初以降のドル高調整が続いている。

 記者会見を通してわかったのは、トランプ氏が米国第一の考えを実行することを重視していることだ。特に、国境税(Border Tax)は、当面のトランプ政権の経済政策を評価する重要なポイントになると考えられる。これまで同氏は自動車メーカーなどに対してメキシコではなく米国内で、米国向けの製品を生産するよう圧力をかけてきた。そうでなければ大きな税金をかけると脅している。こうして同氏は、米国の雇用を増やそうとしている。

 現時点で、トランプ氏の国境税がどのようなものかは、はっきりとしない。経済の専門家の間でもさまざまな見方がある。国境税など、トランプ氏の政策の全容がはっきりするまでは、製造業の米国回帰への期待が、米株高、ドル高を支える可能性はある。そして、徐々にトランプ氏の政策の内容が判明するにつれ、保護主義への懸念が先行き不透明感を高めるだろう。

企業の米国回帰を求めるトランプ氏

 11日の記者会見後、金融市場の参加者の間ではトランプ氏が経済成長率の引き上げのための具体策を示さなかったとの見方が広がった。特に、外国為替相場ではトランプ氏が“強いドルは国益”との見方を示すかどうかに注目が集まっていたようだ。トランプ氏はドル高に関する明確な考えを示すこともしなかった。

 この状況に関して、エコノミストらの間ではトランプノミクスへの期待が低下しているとの指摘がある。トランプ氏の言動には一貫性がないため、具体的な方策が示されないことに不安を感じる投資家は多い。

 同時に、大統領選挙以降、顕著になっていることもある。それがツイッターを通してトランプ氏が企業に米国回帰を要求していることだ。これは“トランプ砲”と呼ばれる。トランプ氏は、米国向けの製品を国内で生産するよう世界の大手自動車メーカーなどに求めてきた。すでに、フォードはメキシコでの工場建設を見直し、トヨタ自動車は米国への投資を表明した。こうすることで、トランプ氏は米国の雇用を増やそうとしている。

 記者会見でも、トランプ氏が企業を強制的に米国に連れ戻し、雇用を増やそうとしていることがはっきりした。その手段として示されたのが国境税だ。同氏は米国の貿易赤字はメキシコ、中国、日本に原因があると非難した。そして、「米国から出て行った企業には、国境で多額の税を課す」と明言した。これはいってみれば脅しだ。いつまでも企業が政府の脅しに黙って従うとは考えづらいものの、今のところ、多くの企業はトランプ氏の警告を受け入れている。同氏は、今後も企業を強制的に米国に回帰させ、それによって、米国を世界でもっとも偉大な経済にしようとするだろう。これがトランプ流の米国第一への道である。

国境税とは何か

 記者会見でトランプ氏が国境税に言及したことを受けて、にわかに国境税への関心が高まっている。まず、国境税とは「国境税調整」と呼ばれる税のひとつであり、トランプ氏が生み出したものではない。OECD(経済協力開発機構)は国境税を、モノを輸出する際、その国でかけられている税率の全部、あるいは一部を免除し、モノを輸入する場合には、税の全部または一部を輸入産品に課す税制と定義している。トランプがこの定義を理解しているかは不明だ。

 国境税は、産品が消費される国で課税されるべきとの考えに立脚している。これを「仕向地課税主義」や「消費地課税主義」と呼ぶ。たとえば、日本の消費税は仕向地課税主義に則っている。自動車などの輸入品には消費税が課せられる。一方、日本からドイツなどに輸出される自動車への消費税は免除される。

 米国には日本のような、国全体で統一された消費税はない。その代わりに売上税があるが、これは州の管轄下にある。連邦レベルで税金の国境調整を行うことは難しい。そこで、税制改革を進めようとしている米共和党は、法人税率の引き下げ(35%から20%)に加え、仕向地課税主義の導入も検討してきた。それが実現すれば、米国への企業の回帰と輸出企業のサポートを、同時に進めることができると考えられるからだ。

 一方のトランプ氏は法人税率を15%にまで引き下げ、米国を拠点とする企業が税率の低い“タックスヘイヴン”に滞留させてきた利益に課税することを重視してきた。同氏は、この課税によってインフラ投資の財源を確保すると主張してきた。

 今回の記者会見でトランプ氏が掲げた国境税が、共和党の目指すコンセプトとイコールかはわからない。それでも、今後の米国が輸出企業へのメリットを重視した政策に向かっていることは確かだ。法人税制のなかに仕向地課税主義の制度が組み込まれれば、企業は米国を拠点に輸出で稼ぐビジネスモデルを選択しやすくなるだろう。

今後の展開予想

 トランプ氏の主張する国境税、共和党の目指す税制改革がどう進むかは不透明だ。それでも、短期的には米国での投資や雇用の増加期待が株価やドルの上昇を支える可能性はある。中長期的には、トランプ氏の主張が一貫していないこと、保護主義への懸念から世界経済の先行き不安は高まりやすい。

 トランプ氏は特定の国や企業に国境税を課す可能性がある。すでにメキシコが国境税への対抗措置をとると表明しているように、国際社会への影響は大きい。米国内にも国境税を導入すれば他国から報復されるとの懸念がある。これまでの言動を見る限り、トランプ氏がこうした批判に耳を傾けるとは考えづらい。主張を二転三転させながら、米国第一の理想のために保護主義色の強い通商政策を進めようとするはずだ。その結果、各国間の貿易競争は熾烈化し、徐々に世界経済が縮小均衡に向かうと考えられる。

 トランプ氏は世界経済がゼロサムだと考えているようだ。米国から新興国に生産拠点を移した企業が米国内に拠点を戻せば、失われた雇用も投資も元通りになると考えている。だから、トランプ氏は大手企業などに国境税を課すと脅しをかけ、力づくで米国に戻そうとしている。

 しかし、各国の経済は密接にリンクしている。新興国からの輸入が途絶えれば、米国の経済活動には支障が出る。こうした基本的な経済の仕組みをトランプ氏は十分に理解できていないようだ。ロシアへの融和姿勢を見ても、同氏は思いつきで、自分がいいと思ったことを口にしている可能性が高い。思慮に欠ける人物を大統領に選んだ点で、米国民は大きなギャンブルを打ったといえる。

 短期的には政府の権能を行使することで経済を上向かせることはできるだろう。その流れを持続させるだけの策をトランプ氏が準備しているとは考えづらい。徐々に、国境税をはじめ、トランプ政権への批判や懸念が高まるはずだ。その場合、大統領選挙前に金融市場の参加者が懸念していたように、政治家としてのトランプ氏の実務能力のなさが露呈し、市場が混乱する可能性がある。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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