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村上春樹、人気の終焉か…読者側に「飽き飽き感」充満、新作で読者を置き去り

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村上春樹の『騎士団長殺し』が販売される書店の様子(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
 村上春樹の新作長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)がさっぱり話題に上らない。発売当初こそマスコミに大々的に取り上げられたものの、次第に『騎士団長殺し』はおろか「村上春樹」の名を目にすることもほとんどなくなった。


 なにより、これまでの村上作品と違うのは、熱狂的信者であるはずの“ハルキスト”をはじめ、一般読者からの反響がほとんどないことだ。第1部「顕れるイデア編」、第2部「遷ろうメタファー編」を合わせて130万部も発行されているにもかかわらず、これほど反響が少ないのは異常事態。もはや世間から「完全スルー」されているようにも見える。

 しかも、それは『騎士団長殺し』が「おもしろくない」からではない。村上春樹の新作長編小説がまるで盛り上がらない理由について、専門家は「村上春樹ブームそのものが終わったため」と指摘する。

『騎士団長殺し』はこれまでの作品と何が違う?


「前作の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)に比べれば、『騎士団長殺し』はうまくまとまっているのではないでしょうか」

 そう話すのは、文芸評論家の大森望氏だ。実は、大森氏に限らず、文壇界隈には『騎士団長殺し』を評価する専門家が少なくない。

 本作は、女性に別れを突きつけられた36歳の画家の「私」が、別居先の小田原郊外で不思議な事件に巻き込まれてさまざまな体験をし、最終的に女性とよりを戻すという内容。いわば、いつも通りの村上春樹ワールド全開の小説なのだが、これまでと違ってストーリーが破綻していないのだという。

「『騎士団長殺し』は、物語の最初の段階で『これは妻と別居していた9カ月間の話です』と明示し、その期間をきちんと消化した上で話が終わる。同居していた女性とも元のさやに収まり、最終的に子どもも生まれて一件落着。いくらでも話が続きそうだった『1Q84』(新潮社)などに比べると、完結感があります」(大森氏)

 また、大森氏は、『騎士団長殺し』は従来の作品よりも読者に親切になっていると指摘する。

 村上作品は同じモチーフを繰り返し使い、その解釈を読者の判断にゆだねるというのがひとつのパターン。本作も、穴蔵を通じた非現実世界へのトリップ、不思議系少女の登場、夢精からの妊娠と、春樹的モチーフのオンパレードで、現実にはあり得ないことが次々に起きるが、いつもと「見せ方」が違うという。

「主人公が試練を経て成長するという物語の構造がはっきりしているのと、作中でこの小説の仕組みまで親切に説明してくれるのが『騎士団長殺し』の特徴。『騎士団長』や『顔なが』など個性的あふれるキャラクターも魅力的です」(同)

 それなのに、なぜ『騎士団長殺し』はまったく話題にならないのだろうか。

消費し尽くされ飽きられた「春樹現象」


 まず考えられるのは、「ファンタジー要素が強くなったせいで、読者がついてこられなかった」(同)という理由だ。

「たとえば、『多崎つくる』は、主人公の多崎が高校時代の友人たちに“ハブられる”という、日常的で読者が共感しやすい話でした。それに比べて、『騎士団長殺し』には当たり前のように『メタファー』(隠喩)や『イデア』(理念)が出てくる。文学愛好者にはわかりやすくても、一般読者にはちょっととっつきにくい。おまけに、2冊合わせて1000ページもありますからね」(同)

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