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稀勢の里、重傷でも強行出場&優勝が「美談」の危険さ…若い力士がケガで休めなくなる恐れ

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内閣総理大臣杯を受け取り顔をゆがめる稀勢の里(写真:日刊スポーツ/アフロ)
 5月14日から大相撲・5月場所(東京)が始まるが、3月場所(大阪)の激闘は記憶に新しい。


 近年、“スージョ”と呼ばれる女性ファンが増加し、一般席だけでなく桟敷席も華やいできた。そして、何より、日本出身の横綱・稀勢の里が誕生し、横綱として初めて挑んだ場所で賜杯を抱いたのだ。

 1場所15日制が定着した1949年以降、新横綱で優勝したのは、大鵬、貴乃花、そして稀勢の里を角界に導いた隆の里の3人しかいなかった。モンゴル勢が隆盛を極めるなか、そのモンゴル出身横綱ですらなし得なかったことを、稀勢の里はやってのけたのだ。

 間違いなく、快挙である。13勝2敗。13日目に横綱・日馬富士との対戦で左肩付近を強打し、初黒星を喫した。めったに感情を出さない稀勢の里が、土俵下で痛みに顔をゆがめ、しばらく動けない。その状態を見た誰もが、翌日からの欠場を覚悟し、優勝を絶望視したことだろう。ところが、そこからの復活。千秋楽では、優勝を競っていた大関・照ノ富士に本割、優勝決定戦と連勝して賜杯を抱くという、いわばドラマチックな優勝となった。

 ここで思い出すのが、時の総理大臣に「痛みに耐えてよくがんばった。感動した!」と絶叫させた、2001年夏場所優勝の貴乃花である。右ひざを亜脱臼(後に半月板損傷と判明)したまま千秋楽まで相撲を取り、優勝決定戦で勝利して優勝した。

 このとき、貴乃花はすでに大横綱だった。ちなみに、貴乃花は翌場所から7場所連続で全休し、復帰3場所目の03年初場所9日目に引退を表明した。「痛みに耐えてがんばった」優勝が22回目、最後の優勝となったのである。

 稀勢の里は5月場所に出場するが、左大胸筋と左上腕二頭筋の損傷で巡業を全休したことで、ケガもだいぶ回復したのだろう。大事に至らず、何よりだ。

ケガをしたら休むのもアスリートの大切な仕事


 ケガを負ったまま試合に出て、優勝をさらう……。日本人が大好きな、典型的なスポ根ドラマの構図といえるだろう。しかし、21世紀も17年目となった今、スポーツは根性論ではなく科学・サイエンスの領域となっているのも現実だ。

 そこで、ケガとその対処について、理学療法士(PT)ではり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の資格を有する平賀暁氏に聞いた。平賀氏は、治療院「PTコンディショニングルーム」を経営するかたわら、流通経済大学ラグビー部のメディカルトレーナーも務めている。平賀氏は、「今は、ケガには“RICE”遵守です」と語る。

「R」は休養、「I」はアイシング、「C」は圧迫、「E」はケガした部位を心臓より高い位置に保つこと、である。とにかく、ケガは冷やして動かさないようにすることが肝心であるということだ。「無理して動かさない」ではなく、「兎にも角にも動かさない」。そうしないと後遺症が残る可能性が生じてしまうからであり、場合によっては選手生命にかかわる事態にもなりかねない。

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