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意外と需要があった!? 日本初の英語参考書を生んだ江戸時代の意外な偉人

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『英会話の理論と実際』(ハロルドE・パーマー著、開拓社刊)

 グローバル化の時代、そして2020年にはオリンピックが東京で開催されるとあって、英語の必要性に疑問符をつける人はいないだろう。

 思えば、筆者(30代半ば)が物心ついたころにはすでに「英語はこれから絶対に必要になる」と言われていた。ということは、少なくとも30年近くは英語(特に英会話)の必要性は叫ばれ続けてきたわけで、それにもかかわらず日本人の英語力が劇的に底上げされたという話を聞かないのは、よく言われるように島国のなせるわざだろうか。

 ところで、英語や英会話を習得することのニーズが一般人の間に生まれたのはいつ頃のことだろう。

 こういった問いに正確な答えを出すのは難しいが、これらのテーマについての本が出回り始めた時期を調べれば、大まかな時期はわかりそうだ。

■江戸時代にはすでに「英語の参考書」があった

 明治時代や大正時代、基本的には市井の人が英語を覚える必要はなかったし、話せることのメリットは限られたものだった。

 ただ、そうした時代的背景で一般的なニーズがないために、英語本が存在しなかったかというとそうでもなく、ジョン万次郎(1827-1898)による英会話教本『英米対話捷径』(1859年)を皮切りに、1862年には『英和対訳袖珍辞書』(堀達之助他編)という、日本初の本格的な刊本英和辞書が、1867年(慶応3年)には『英語箋階梯』(阿部櫟斎著、服部雪斎画)という教本が制作されている。

 この時期は長い鎖国が終わり、日本の使節団が訪米したり、商業の分野でイギリスなど英語圏から来た人々との交流が発生していた時期とあって、ごくごく一部の層にではあるが英語習得の需要が発生していたのだろう。日本における英語本の歴史は案外長いのだ(ちなみに『英語箋階梯』は電子書籍化されており、Kindleなどで読むことができる)。

 その後も、英語教本は多く出版されていくが、どれも「英語という言語を体系的に学ぶ」という性質のもので、言ってみれば「エリート向け」の学問的なものが大多数。こと「英会話」に限れば、商業出版として一般向けに書籍が普及するようになったのは戦後になってからのようだ。

 1947年に刊行された、『英会話の理論と実際』(ハロルドE・パーマー著、開拓社刊)は、そんな「英会話本」黎明期の一冊だ。実践的な英語の口語フレーズを多く収めているのだが、現在書店で見かける英会話本に見られる「完璧さを求めない」「ブロークンでも伝わればOK」といった手軽さとは一線を画し、発音から会話作法まで、ネイティブのそれを身につけようという、かなりガチなテイストになっている。

■「とりあえず英文を暗記しろ」が昭和の英会話習得法

 今回入手したのは1976年に刊行された改訂版だが、中に象徴的な一節がある。

――ある人は会話に上手になるには、実際自分で会話をやってみるよりほかはないと考えている。かれらは「話すことによって話し方を習うのだ」という。この議論はもっともらしく聞こえるけれども、実際はそうではない。(P38より引用)

 基礎知識を得るこという手順を飛ばして、「習うより慣れろ」式に英会話を習得するというのは、今主流になりつつある英会話習得術でもあるが、本書ではそれを「少しの事をひどい英語で言うことはできるが、このひどい英語で話せば話すほど、そのひどい英語に慣れてしまう」と喝破している。

 横着して、必要なことを学ばずに話される英語は、本書の言葉を借りれば「身勝手な英語」。そして、会話に進む前にやっておくべき学習として挙げられているのが、「日常会話の言い回しの丸暗記」である。

 今ではいわゆる「詰め込み式」の勉強は忌避されがちだが、結局のところ、語彙のレパートリーは暗記するしかないというのは、今も昔も変わらない語学の宿命だ。安易に手軽さを強調することなく、学習者を甘やかさないのは、語学書としては正当な姿勢だろう。

 さて、収められている暗記用英語のレパートリーだが、おもしろいのは一つの英文につき日本語訳が複数ついていることだ。

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