「聴く能力」の育て方
では、どのように聴けばよいのだろうか。通常、業務では具体的な事実を中心に聞き取る能力が必要とされる。悩み相談では事実そのものだけでなく、事実について話し手が「どのように受け止めているか」、その人独自の感じ方、とらえ方まで理解しないといけない。いわゆる「気持ちを聴く」というものだ。これがなかなか難しい。
気持ちを聴き取るにはポイントがある。「気持ち」には「うれしい」「楽しい」「悲しい」などの形容詞以外にも「気持ちのワード」がある。それは「意味や価値」を表す表現だ。そのことを知っていれば聞こえ方が変わる。
たとえば、「やっと、契約が取れたのですが……」という短い例文の中にも、気持ちの表現が含まれている。まず、この文章の中からは「契約が取れた」という事実を知ることができる。同時に「やっと」と「ですが」という気持ちを知ることができる。「やっと」からは「今まで願い続けていた」、そして「最近それが叶った」意味が聴き取れる。「ですが」からは、契約をとれたうれしさよりも、何か「よからぬことがある」という意味が込められている。
このとき「『ですが』というと何かあったの?」と、気持ちの部分にフォーカスして質問してみることで、「実は……」と、本音をより深く聴き取れる可能性がある。しかし「契約が取れた」事実にだけ耳が向いてしまうと、気持ちを聴き取ることも、かかわることもできない。「気持ち=形容詞+意味や価値を表す表現」。これを知っておくことで、ひとつの会話の中から業務的な意味と、相談的な意味の聴き分けができるようになる。
しかし、“言うは易し行うは難し”である。私たちは基本的に気持ちを聴き取ることはできない。なぜなら、子供の頃から話し方の練習はしても、聴き方の練習はした経験がないため、気持ちを聴ける耳を持っていない。したがって、練習が必要だ。
心の健康支援に限らず、これからの時代、優秀な人に長く勤めてもらう環境整備が必要だ。職場でのストレスの1位が人間関係ということは、裏を返せば職場に人間関係の良さを求めているといえる。気持ちをちゃんと理解してくれる人がいる職場は、それだけで付加価値になるだろう。
最後に、よい聴き手を育てるための近道として、「気軽に聴き合える場を、組織内につくること」を提案したい。聴き方の練習をするだけでは、聴き上手は育たない。気軽に聴き合える場をつくることで、「聴いてもらえてよかった」と思う経験のある人が増えて、初めて聴き上手が増える。「まず隗より始めよ」だ。自分がいる組織の中で、気軽に話し合える場を設けてみて、聴く練習を始めてみてはいかがだろうか。
(文=岩松正史/一般社団法人日本傾聴能力開発協会代表理事)
詳しい聴き方、傾聴のスキルを知りたい方はウィズダムスクールで解説しています。