私は講演会などで「パイロットは世界中を飛んでいるので、UFOを見かけるのでは?」という質問を受けることがある。そういうときは、「大半のパイロットは見たことはないが、なかには見たというパイロットもいる」と答えている。
かつて私の知り合いでもある先輩機長がヨーロッパからアラスカのアンカレッジ空港に進入着陸しようとしていたときに、UFOに追いかけられたと報告した事例があった。機長の証言によると、最終進入中にUFOと思われるいくつもの光の集団が自機につきまとって離れなかったというのである。
しかし、この報告を受けた国土交通省の対応は予想を超えるものであった。早速、同省が管轄するパイロットの身体検査証を発行する航空医学研究センターの精神科の医師に診断させ、結果、精神異常として乗務を停止する処分としたのである。
この判断の元には、UFOなんてこの世には存在しないもので、それを見たというのは頭がおかしいとする考え方があったと思われるが、当時はUFOの存在に関する政府の考え方は存在しなかった。ちなみに政府はこの一件からかなり年を経た2007年12月18日、UFOについて「その存在を検討しない」のが日本政府の立場であると表明した。
しかし、当時の町村信孝官房長官が「こういうものは絶対にいると思っている」と発言したかと思えば、石破茂防衛大臣もUFOが襲来したときに自衛隊の出動が法律上可能かどうかを個人的に検討する考えを示した。そして、「UFOは外国の航空機でもなく、領空侵犯への対応は厳しい」と自衛隊法では対応が難しいとの認識を披露。さらに「ゴジラが来たら天変地異だから自衛隊の災害派遣は可能で、モスラでも同様」との持論を展開したのである。
政府首脳が個人的に発言するのであれば何を言っても構わないと思うが、日本政府はUFOはいると考えているのか、それともいないと考えているのかは現在でも明らかにしていない。であれば、アラスカでUFOを見たといった機長を処分できる根拠はない。
本来は報告すべき
私は今からでも、当該機長に政府は謝罪して当時の処分を撤回すべきであると考えている。そもそもUFOとは「未確認飛行物体」の略で、宇宙人が乗り物に乗って地球にやってくることだけを意味するものではない。なにか不思議な形をしたものなら、どんなものでもUFOなのである。パイロットはそのような物体を見たとき、たとえば演習中の戦闘機が太陽やほかの光との反射などの影響によって変わった形の物体に見えても、本来は報告すべきであろう。それは、場合によってはニアミス事故にもなりかねないからだ。
しかし、現在の航空法にはそのような規定もないどころか、報告すると精神異常とみなされかねない。これでは今後、誰も実際に見ても報告するわけがない。実際、この一件以来、少なくとも日本航空(JAL)のパイロットの間では、「仮にUFOらしきものを見ても絶対に口に出してはならない」とのコンセンサス(合意)がある。言ったら最後、乗務停止になるかもしれないからだ。
ちなみにアラスカでの一件は、のちにある民放のテレビ特番として放映され、科学の専門家たちによる検証も行われた。その結果、当時の気象状態、太陽の位置、それに飛行経路やほかの飛行機の運行状況などを併せて分析すれば、当該JAL機の影が乱反射して、あたかも明るい飛行物体がまとわりついてくるように見えることが判明した。
だが、この特番でテレビ局の出した推定原因も、ひとつの仮説にすぎない。真相は今もって謎のままである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)