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プロ野球のFA移籍選手、なぜ引退後に指導者になりにくい?

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福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督(「Wikipedia」より/えすぱにぃ)
「この選手が年俸1億円?」――こんな感想を抱くことも少なくない、昨今のプロ野球界。特に50代以上のプロ野球ファンにとって、近年の年俸高騰は「高額契約に成績が見合わない選手が増えている」と感じずにはいられない。


 こうした感覚のズレが生じた背景には、いうまでもなくフリーエージェント(FA)制度の導入がある。FA導入前は、一流選手といえども年俸は“球団主導”であり、多くの選手は球団の提示額に一発サインしていた。しかし、1993年オフからFAが導入されたことにより、スター選手にとっては「自分をより高く売れる時代」になったといえる。

 一部のスター選手にとっては、良き時代であることは間違いない。一方で、気になるのが「引退後の雇用」である。FA導入によって、「退団した選手を再雇用する球団が、昔に比べて減っているのではないか」という疑問がわいた。

 FA導入前、スター選手が退団する理由として主なものは、他球団とのトレードであった。その際、移籍を嫌がる選手に、球団から「引退後の処遇を約束する」という交換条件が提示されることも少なくなかった。そのため、A球団からB球団に移籍した選手がB球団で引退後、元のA球団にコーチなどの役職で呼び戻されるケースがしばしば目についた。

 しかし、FA導入後はスター選手が移籍しても元の球団に戻るケースは激減した。FAによって、スター選手の退団は“球団の事情”よりも“選手の希望”によってなされるケースが増えた。そのため、球団としても「出て行った選手の面倒を見る必要はない」と割り切れるようになったというわけだ。

 では、実際にFAで移籍した選手の引退後はどうなっているのか。93~2010年の間に日本国内でFA移籍した44選手(17年時点の現役選手を除く。2回FA移籍した工藤公康は1人としてカウント)が、引退後にどのようなかたちでユニフォームを着ているか(あるいは着ていないか)を調査した(カッコ内はFA退団チームとFA入団チーム)。

落合、工藤、金本…最多は「未所属」


【引退後、指導者としてユニフォームを着た最初の球団がFA退団チームだった選手/5人】

 中日ドラゴンズから読売ジャイアンツ(以下、巨人)に移籍後に中日の監督となった落合博満、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)から巨人に移籍後にソフトバンクの監督となった工藤が代表格だ。この大物2人は、現役時代の成績と人気が抜群だったため、元の球団が“三顧の礼”で迎えた面が否めない。

 残る3人のうち、若田部健一(ダイエー→横浜ベイスターズ)は引退後12年を経てコーチ就任と空白期間が長く、村松有人(ダイエー→オリックスブルーウェーブ)はFA移籍後にトレードで元の球団に戻り、古巣で現役を終えている。

 引退から1年で元の球団に指導者として呼び戻されたのは、阪神タイガースでコーチに就任した藤本敦士(阪神→東京ヤクルトスワローズ)だ。

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