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白井美由里「消費者行動のインサイト」

日焼け止めクリーム、「若い肌を保つ」or「皮膚がん予防」どちらが売れる?

文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

 日焼け止めクリームの例では、促進焦点が働いているときには「若々しい肌を保つ」という理想の状態への接近が、予防焦点が働いているときには「皮膚がんの予防」という望ましくない状態の回避が目標になります。それぞれの目標と一致する効果をアピールしている商品を選ぶことによって、制御フィット感が生じ、自分の選択に満足を感じることになります。

 ただし、日焼け止めクリームは「日焼け止め」という言葉が付いているように、製品本来の機能が紫外線から肌を守るという予防効果であるため、促進焦点よりも予防焦点のほうが活性化されやすい製品です。「皮膚がんの予防」のほかに、「シミやしわを防ぐ」などの購入目標を持つ消費者のほうが多くなるでしょう。

自己制御システムと消費者行動の違い

 促進焦点と予防焦点は多くの人が意識するものであり、さまざまな行動を説明できます。消費者行動研究においても相当な数の研究が行われてきているので、以下では、それらの成果を説明したいと思います。

1.促進焦点が働いている消費者は「変化」を、予防焦点が働いている消費者は「現状維持」を好む。

 促進焦点の強い消費者は、変化を機会ととらえるので開放的になり、新しいことに挑戦しようとしますが、予防焦点の強い消費者は、変化を脅威に感じて閉鎖的になり、現状の維持を望む(現状維持バイアス)傾向にあります【註4】。

 同様の現象が投資ファンドの選択でも確認されています【註5】。今までと同じファンドを選択するか、あるいはほかのファンドにスイッチするかという意思決定において、ほかのファンドのほうが高い利回りが予測されている場合でも、予防焦点が働いている消費者は今までと同じファンドを好む傾向があります。促進焦点が働いている消費者は成功を求めてリスクをとりますが、予防焦点が働いている消費者は現状から離れることによって生じる損失を重視するため、現状維持バイアスが生じて保守的な投資を行う傾向にあるのです。

2.促進焦点が働いている消費者は広範囲の情報探索を、予防焦点が働いている消費者は限定的かつ深い情報探索を行う。

 促進焦点が働いている消費者は、目標の実現につながる情報の見落しがないよう多様な情報に目を向けるグローバルな情報探索に時間と労力をかけますが、予防焦点が働いている消費者は失敗やミスを減らすために、具体的で詳細かつ限定的な情報探索に時間と労力をかける傾向にあります【註6】。前者は森を、後者は木を見るといえます。

 これは、レストランのメニューブックを対象とした実験から確認されています。メニューは4ページ構成で、レベル1のページではファーストコース、メインコース、フィニッシングコースのコース名を、レベル2のページでは各コースのサブカテゴリーを、レベル3のページでは各サブカテゴリーの料理を、レベル4のページでは各料理の説明を示した階層型になっています。分析結果からは、促進焦点が働いている消費者は広範囲の情報が掲載されているレベル1のページを開ける回数が多く、見る時間も長くなったのに対し、予防焦点が働いている消費者はサブカテゴリーの詳細情報が掲載されているレベル4のページを開ける回数が多く、見る時間も長くなったことが示されました。

 この実験からはさらに、促進焦点が働いている消費者は、予防焦点が働いている消費者よりも考慮した料理の数(考慮集合)が大きく、自分が選択した料理を高く評価し、その料理について妥当と思う価格も高くなったことが明らかにされています。

3.促進焦点が働いている消費者は速い意思決定を、予防焦点が働いている消費者は正確な意思決定を好む。

 一般に、意思決定においてスピードと正確さの間にはトレードオフの関係があると考えられています。スピードを求めれば正確さは下がり、正確さを求めればスピードは遅くなるという関係です。促進焦点が働いている消費者は成功の獲得を熱心に追求し、必要であればリスクもとるので、正確さは下がりますがスピードは速くなります。反対に、予防焦点の強い消費者は失敗やミスの最小化を重視するので、スピードは犠牲になりますが正確さが高まるのです【註7】。

4.促進焦点が働いている消費者は極端な選択肢を、予防焦点が働いている消費者は中間的な選択肢を好む。

 複数の選択肢がある場合に、特定の製品属性において特に優れている選択肢が選好されることを「魅力効果」、ほかと比べて特に優れた属性も劣った属性も持たない中間に位置する選択肢が選好されることを「妥協効果」といいます。これらの現象は、個々の製品評価ではなく、複数の製品の中で相対的な評価を行うときに生じるので、周辺状況の影響を受けるという意味で「コンテクスト効果」と呼ばれています。促進焦点が働く消費者の場合、望ましい状態を得たいと考えるので、その機会のひとつとして捉えられる優良な属性を持つ製品を好む魅力効果が生じるのに対し、予防焦点が働く消費者の場合は失敗やミスの回避を考えるので、より安全で中間に位置する製品を好む妥協効果が生じる傾向にあります【註8】。

5.促進焦点の強い消費者は感情的に、予防焦点の強い消費者は理性的に評価する。

 広告されているブランドに対する評価(好き嫌い、良い悪いなど)にも違いがあることがわかっています。促進焦点が働いている消費者は感情的反応(刺激的、魅力的など)に基づいて評価し、予防焦点が働いている消費者は本質的な評価(説得力の有無、メッセージの強さ)に基づいて評価することが報告されています【註2】。

 この結果に基づいて行われた別の研究では、修正液に対して支払っても良いと考える価格が、促進焦点が働いている消費者には感情を喚起させてから(製品を見たときに生じた感情経験を評価させる)製品を評価させると高くなり、予防焦点が働いている消費者の場合には製品特性から製品を評価させると高くなることが実証されています【註9】。

6.限定販売では、促進焦点が働いている消費者は「生産の限定」を好むが、予防焦点が働いている消費者は「需要過剰による限定」を好む。

 売り手が設定する限定販売には、人気が高く供給よりも需要の方が上回るために販売数量が限られる「需要過剰による限定」と最初から供給量が限られる「生産の限定」があります。促進焦点が働いている消費者は、生産限定品をステータスやユニークネスがあり、自分を向上させるモノととらえるので、需要過剰による限定品よりも生産限定品のほうが購買意向は高くなります。他方で、予防焦点が働いている消費者は、多くの人が欲しがる人気の製品を安心かつ問題の少ない製品ととらえるので、生産限定品よりも需要過剰による限定品のほうが購買意向は高くなります【註10】。

7.価格表示では、促進焦点が働いている消費者は「ひとつにまとめた価格表示(統合型)」よりも「細かい価格表示(分離型)」を好むが、予防焦点が働いている消費者の両者への反応に違いはない。

 ネットショッピングなどの通信販売では、商品価格のほかに送料や手数料がかかることがあり、これらを別々に表示する場合を「分離型プライシング」、まとめてひとつの価格を表示する場合を「統合型プライシング」といいます。促進焦点が働いている消費者は情報探索をする際に、商品と直接関係する情報に注意を向けるので、商品自体の価格が明確に表示される分離型プライシングを好みます。これに対し、予防焦点が働いている消費者は関連情報も含めた詳細な情報に注意を向け、売り手が提供している価格情報はすべて考慮することから、2つのプライシングの好ましさに差がないことが明らかにされています【註11】。

 以上見てきたように、促進焦点と予防焦点のどちらが働くかによって消費者行動は異なります。したがって、企業はターゲットとする消費者が採用しやすい焦点に合ったマーケティング戦略を実行すると、高い効果が得られる可能性があります。どちらが採用されるかは、製品カテゴリーによっても異なります。日焼け止めクリームや保険は予防焦点が、香水や高級ブランド品は促進焦点が働きやすいカテゴリーで、野菜や健康食品はどちらも働きやすいカテゴリーです。製品の特性を考え、それに合わせた情報発信の在り方を検討することが勧められます。また、促進焦点が強く働く製品カテゴリーでは考慮集合が大きくなり、豊富な選択肢が好まれますので、品揃えの検討も重要になります。

 最後に、消費者は景気が良いときや明るいニュースがあるときには促進志向に、災害や事故があったときは予防志向になると考えられますので、社会の状況に合わせた製品情報の発信を考えてみるのもいいかもしれません。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)

参考文献
【註1】Higgins, E. T., J. Shah, and R. Friedman (1997), “Emotional Responses to Goal Attainment: Strength of Regulatory Focus as Moderator,” Journal of Personality and Social Psychology, 72 (3), pp. 515-525.
【註2】Pham, M. T. and T. Avnet (2004), “Ideals and Oughts and the Reliance on Affect versus Substance in Persuasion,” Journal of Consumer Research, 30 (March), pp. 503-518.
【註3】Lee, A. Y., P. A. Keller, and B. Sternthal (2009), “Value from Regulatory Construal Fit: The Persuasive Impact of Fit between Consumer Goals and Message Concreteness,” Journal of Consumer Research, 36 (February), pp. 735-747
【註4】Liberman, N., L. C. Idson, C. J. Camacho, and E. T. Higgins (1999), “Promotion and Prevention Choices Between Stability and Change,” Journal of Personality and Social Psychology, 77 (6), pp. 1135-1145.
【註5】Chernev, A. (2004), “Goal Orientation and Consumer Preference for the Status Quo,“ Journal of Consumer Research, 31 (December), pp. 557-565.
【註6】Pham, M. T. and H. H. Chang (2010), “Regulatory Focus, Regulatory Fit, and the Search and Consideration of Choice Alternatives,“ Journal of Consumer Research, 37 (December), pp. 626-640.
【註7】Forster, J., E. T. Higgins, and A. T. Bianco (2003), “Speed/accuracy Decisions in Task Performance: Built-in Trade-off or Separate Strategic Concerns?” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 90 (1), pp. 148-164.
【註8】Mourali, M., U. Bockenholt, and M. Laroche (2007), “Compromise and Attraction Effects under Prevention and Promotion Motivations,” Journal of Consumer Research, 34 (August), pp. 234-247.
【註9】Avnet, T. and E. T. Higgins (2006), “How Regulatory Fit Affects Value in Consumer Choices and Opinions,” Journal of Marketing Research, 43 (February), pp. 1-10.
【註10】Ku, H. H., C. C. Kuo, and T. W. Kuo (2012), “The Effect of Scarcity on the Purchase Intentions of Prevention and Promotion Motivated Consumers,” Psychology & Marketing, 29 (8), pp. 541-548.
【註11】Lee, K., J. Choi, and Y. J. Li (2014), “Regulatory Focus as a Predictor of Attitudes toward Partitioned and Combined Pricing,” Journal of Consumer Psychology, 24 (3), pp. 355-362.

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

学部
カリフォルニア大学サンタクルーズ校 1987年卒業
大学院
明治大学大学院経営学研究科
1993年 経営学修士
東京大学大学院経済学研究科
1998年 単位取得退学
2004年 博士(経済学)
慶応義塾大学 教員紹介 白井美由里 教授

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