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江川紹子の「事件ウオッチ」第98回

ポーランドがホロコーストに関する表現規制へ…我々は負の歴史とどう向き合うべきか

文=江川紹子/ジャーナリスト
ポーランドがホロコーストに関する表現規制へ…我々は負の歴史とどう向き合うべきかの画像1ポーランド南部にあるナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所の入り口(Wikipediaより)

 東欧ポーランドの国会で、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)にポーランド人が加担したと批判することを禁じ、違反した場合には罰金もしくは3年以下の禁固刑を科すという新たな法律が可決され、内外の懸念を招いている。

 ポーランドにあるアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を「ポーランドの強制収容所」と呼ぶことも禁じる。ポーランドの対外イメージを守ることが新法の狙いで、愛国主義的な政治理念を掲げる右派の与党「法と正義」が提案し、上下院で可決した後、ドゥダ大統領が署名して成立した。

ポーランドにおける「イェドヴァブネ事件」とは

 ナチス・ドイツは1939年9月1日、ポーランドに侵攻。電撃戦でたちまちポーランド軍を壊滅させ、ここから第二次世界大戦が始まる。ポーランドは降伏し、首都ワルシャワを含む西半分はドイツ領になり、その後、独ソ不可侵条約でポーランド分割を密約していたソ連が東側を占拠した。

 この時期のポーランドでは、学校は閉鎖され、人々は土地を追われ、ドイツに送り込まれて強制労働に駆り立てられた。ナチス・ドイツの迫害によって、600万人の市民が命を落としたといわれる。うち300万人がユダヤ人だった。ユダヤ人に対して、たとえ水1杯を提供しただけでも強制収容所に送られるという過酷な状況に置かれるなか、ユダヤ人を助けた人、あるいは助けようとした非ユダヤ人のポーランド市民もいた。イスラエル・エルサレムにあるホロコースト追悼記念館には、6700人の非ユダヤ系ポーランド人が、ナチスに立ち向かった「諸国民の中の正義の人」として顕彰されている。

 そういう状況から、ポーランドの人々は、自分たちの祖先はナチス・ドイツの被害者であり、かつ果敢に抵抗した英雄であるという歴史認識を持つ。

 しかし、そんななかでも、ナチス・ドイツに協力したり、ユダヤ人迫害に加担するポーランド人がいないわけではなかった。その象徴的な出来事が、イェドヴァブネ事件だ。1941年7月、ドイツ占領下のポーランド東部の町イェドヴァブネで起きたユダヤ人虐殺事件である。長くナチス親衛隊の仕業と考えられてきたが、ポーランド人歴史学者の調査がきっかけで、2000年になって、実はポーランド人によるものと判明した。犠牲者の数ははっきりしないが、同国の国民記憶院の調査では300人程度とされた。

 2001年、事件から60周年の式典で、クファシニェフスキ大統領がポーランド国民の名において公式に謝罪。また、ポーランドのカトリック教会も謝罪している。

 しかし、このようなポーランド人による加害の事実が明らかになっても、ポーランドの人々の被害者史観・英雄史観に基づく歴史認識は変わることはなかったようだ。

 3月3日付読売新聞は、次のように伝えている。

「ポーランド人には『自分たちは犠牲者』との意識が強い。米国のオバマ前大統領が2012年、ナチスに抵抗した活動家を表彰する式典で『ポーランドの死の収容所』と“失言”しただけで、ポーランド国民の怒りを買い、米政府が『言い間違い』と釈明に追われた」

「(新法は)国民の被害者意識を右派政権が巧みに利用して愛国心をあおっているとの見方が強い」

 イェドヴァブネ事件のような、ポーランドにとって名誉ではない事実を研究したり、報じたり、議論することが、この新法によって、どのような影響を受けるのだろうか。

 新法に対し、イスラエルは強く反発。米国務省も声明を発表し、「言論の自由を侵害し、学術研究をも制限しかねない」と懸念を表明した。

 また、自分たちの歴史観に反する事実を受け入れず、負の歴史を次世代に伝えていかないということになれば、歴史の教訓をも引き継げないことになりはしないか。

韓国における『帝国の慰安婦』訴訟では

 別の国の例を挙げる。

 韓国の康京和外相は先月末、国連人権理事会での演説で、「戦時の性暴力」の過去の例として「慰安婦問題」を挙げた。日本を名指しすることはなかったが、「慰安婦問題を解決しようとする努力で被害者中心のアプローチが欠如していた」との発言は、2015年12月の日韓外相による合意を暗に批判したものだろう。さらに、「過去の過ちが繰り返されないよう、現在と未来の世代が歴史の教訓を学ぶようにすることが重要だ」と述べた。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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