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江川紹子の「事件ウオッチ」第98回

ポーランドがホロコーストに関する表現規制へ…我々は負の歴史とどう向き合うべきか

文=江川紹子/ジャーナリスト

過去の歴史を未来に生かすために

 ところが、二審のソウル高裁は、従軍慰安婦を「性奴隷」と表現した1996年国連クマラスワミ報告などを根拠に、朝鮮人慰安婦は自らの意思に反して連行されたことが明らかだとしたうえで、同書の記述は「大半の朝鮮人慰安婦が、まるで自発的に性売買をして日本に協力してともに戦争を遂行したと、読者に受け取られる」とし、名誉毀損の意図があったと認定した。

 朴教授は最高裁に上告するとともに、高裁判決を批判する文書を日本語でも発表している。それによれば、朴教授は慰安婦については否定も批判もしておらず、むしろ長い間埋もれてきた彼女たちの声を蘇らせることに努めた。それにもかかわらず、裁判所は同書に反発した支援団体と検察の曲解を額面通りに受け止める判決を出した。

 また、朴教授はこうも書いている。

「私がこの本で強調したのは、『強制的に連れて行かれた純潔な少女』だけを被害者と考える韓国社会の認識が、そうしたケースではない女性たちを排除し、差別する状況だった」

 韓国もまた、被害者史観・英雄史観にとらわれずに、歴史から学び、自分たちの慰安婦イメージから外れる被害者を排除・差別していないか考えようというのが、朴教授の意図であるように思える。

 また、朴教授は自身の研究結果が絶対的に正しいと主張しているわけでもない。

「私は自分の考えのみが正しいとここで言うつもりはない。しかし、支援団体と一部の学者は、自分たちの認識だけが絶対的に正しいものとみなし、異なる考えを持つ人の口を塞ごうとした……二審は結局彼らの手を上げたのである」

 このようなソウル高裁の判決は、同国での学問の自由、言論・表現の自由についての懸念を深めるうえ、国家が国民の歴史から学ぶ機会を制約しているのではないかという疑念を抱かせる。

 戦時性暴力の問題は、第二次世界大戦中の日本の問題には限らない。韓国は対日本では被害者でも、ベトナム戦争の時には、加害者の立場になった。戦争だけでなく、国連PKO要員による性暴力の問題も報告されている。それぞれの国が、自国の歴史観や縛られず、経験を持ち寄り、このような被害を防ぐ道を、議論していく必要がある。今のような状況では、過去の歴史を未来に生かすこともできないのではないか。

 先の戦争中のことは、体験者が減っていくなかで、いずれの国でも、事実をどう次世代に伝えていくかが、困難な課題だと思う。とりわけ、負の歴史とどう向き合っていくかは難しい。しかし、国民感情や政治性を排した自由な研究や論評は、歴史から学び、不幸な過去を繰り返さないために必要だ。それが損なわれているようだと、かなり危うい。

 加えて、ポーランドや韓国のように、立法や刑事訴追、裁判など、国家の権力行使が、自由な研究や表現活動に制約をかけていく(もしくは、制約をかけかねない状況になる)と、国家にとって都合のよい、一面的な情報や歴史観ばかりが伝えられることになり、果たして歴史からの学びはどうなるのか。

 日本でも、慰安婦の問題や南京事件、あるいは関東大震災の時の朝鮮人虐殺などの負の歴史を、「なかった」と言い募る風潮が広がっている。また、群馬県が県立公園内の動員された朝鮮人労働者の慰霊碑を撤去したり、その問題をモチーフにした美術作品が美術館から撤去されるなど、行政が関与するケースも出ている。

 私たちは他国の状況を、対岸の火事として傍観するのではなく、我が身を振り返り、自分たちの負の歴史とどう向き合っていくかを考える機会としたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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