NEW

衣笠祥雄さんと私の物語、一介のタクシー運転手の私に「人生の宝物」をくれた日

【この記事のキーワード】

, , ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「運転手さん、タクシーってどんなところが楽しい?」

「いろいろな人をお乗せするところです。僕は、人と話すのが好きなので……」

「それはいいことだね。僕も、現役時代はわからなかったけど、解説をするようになってから、野球界だけでなく違う世界の人との触れあいを持たねばと思っているんだ。違う世界の人との話のほうが、知らないことばかりで刺激的だしね。では逆に、つらいのはどういうところ?」

「ノルマですね。軽くクリアできる日もあれば、なかなか達成できない日もあって……」

「野球と同じだね。僕も、3安打も4安打も打てる日があったかと思えば、なかなか打てない日もあったしね」

「あの夜は、ユタカのそばで大暴れした」


 私は、間を置かずに次のような質問をした。

「優勝した79年、衣笠さんがものすごいスランプに見舞われたとき、どんなお気持ちでシーズンを過ごされたのですか?」

「あのときは苦しかったよ。記録も意識していたけど、自分がチームの勝利に貢献できないばかりか、足を引っ張っていたからね」

「スタメンを外された夜、とても荒れたそうですね」

「よくご存じですね。あの夜はユタカ(江夏豊)のそばで大暴れしたけど、結果的にはスタメンを外されて発奮できたし、優勝につながったと思っています。現役時代の大きな壁だったと思うけど、たぶん、人間ってそうした壁にぶつかることで成長していくんだろうね。運転手さんも、これからいろいろ大変なことがあるかもしれないけど、自分の信じたことに向かって突き進んでね」

 私の質問にきちんと答えつつ、気がつけば私のことを叱咤激励してくれていた。そうこうするうち、目的地に到着した。

「ありがとうございました。ものすごく記念になりましたので、お代はけっこうです」と告げたが、衣笠さんは「何を言ってるの。ダメだよそんなの。はい、これ」と、お釣りも受け取らずに降りていった。

 テレビ局からの配車なので、おそらくタクシーチケットを受け取っていたと思われるが、衣笠さんは自腹で支払った上に破格のチップまで置いていってくれた。

 その後、「また衣笠さんに乗ってもらえないか」と、空車になるたびに下車した場所を走ったこともあったが、再び鉄人の姿を見かけることはなかった。このとき、私はタクシーを辞めようかと迷っていたが、衣笠さんの言葉が胸に突き刺さり、今もハンドルを握り続けている。

 そのときに手渡されたお札は、今でも部屋に飾ってある。人生に迷うたび、そのお札を目にして「2215回の乗務を目指す」と心に決めている。
(文=後藤豊/ライター兼タクシードライバー)

衣笠祥雄さんと私の物語、一介のタクシー運転手の私に「人生の宝物」をくれた日のページです。ビジネスジャーナルは、エンタメ、タクシープロ野球衣笠祥雄運転手の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!

BJ おすすめ記事