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小笠原泰「日本は大丈夫か」

富士フイルム、華麗なる米ゼロックス買収計画は、なぜ空中分解の危機に陥ったのか

文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授

富士フイルム、大胆な事業ポートフォリオ転換の実像

 ここで、古森会長主導による脱写真フイルム事業としての大胆な事業ポートフォリオ転換戦略の歴史を見てみよう。04年に発表された「Vision75」で、「徹底的な構造改革」と「新たな成長戦略」「連結経営の強化」を3つの基本方針とし、08年度の目標として売上高3.5兆円、営業利益率10%を掲げ、富士フイルムHDをリーディングカンパニーとして存続させることを目指すことを明確化した。

 このなかの「新たな成長戦略」にある将来を担う新規事業創出に、ポートフォリオ転換の“顔”である医薬品や化粧品が含まれるライフサイエンスが登場する。富士フイルムHDは06年に化粧品市場に参入、08年に富山化学工業を買収して医薬品事業に参入する。07年度に業績がV字回復したこともあり、これが戦略的大転換としてマスコミで話題を集めたわけである。 

 一方、企業業績をみると、09年度に営業赤字に転落するが、10年度には黒字転換し、13年度には初めて売上額が2兆4000億円に達し、2兆5000億円が手に届くところにきたが、それ以降、17年度(速報値)まで2兆4000億円前後で売上は低迷している。営業利益は微増であるが、2017年度は大幅減益を予想している。このように富士フイルムHDの業績は踊り場を迎えている。

 しかし、依然として華々しい事業ポートフォリオ転換が話題にされ、古森会長も16年の雑誌のインタビューで、次のように述べている。

「当社はオフィス・ドキュメント関連事業、産業用途・ライフサイエンス事業、写真関連事業の大きく3つの事業から成ります。その中でも最も期待しているのはヘルスケアです。一昨年に大流行したエボラ出血熱への治療効果が期待されるアビガンのような感染症に対する薬剤や、がんやアルツハイマーなどいまだに解決法がないアンメット・メディカル・ニーズの高い薬剤の開発に注力しています」(「DIAMOND MANAGEMENT FORUM」<ダイヤモンド社/16年冬号>より)

 一方、ヘルスケア領域、特に医薬品は賭けのようなものであることも認めている。

「一つの新薬にかかる開発費は約1000億円、開発期間は約10年もかかるうえ、それが成功するかどうかわからないというリスクの高い事業です。当社は製薬会社ではないので、他の事業とのポートフォリオを組むことで補っています。新薬の開発期間中は、他の事業で業績を支え、新薬というホームランが出れば、収益構造が一気に変わるでしょう」(同)

 そもそも、医薬品業界は新薬開発のコスト負担増と競争激化で、各社は生き残りに必死である。日本で唯一、グローバル市場での生き残りをかけて戦っている2兆円企業の武田薬品工業も、つい最近、買収提示額7兆円という巨額なM&Aを仕掛けて話題になっている。つまり医薬品事業は、新規参入者が簡単に生き残れるものではなく、それゆえ富士フイルムHDは一発ホームラン狙いなのかもしれない。

複写機事業に依存するという皮肉な事態

 ここで、富士フイルムHDの事業領域別の売上比率を見てみよう。「イメージングソリューション」が14.7%、「ドキュメントソリューション(富士ゼロックスの複写機・複合機事業)」が46.6%。そして「インフォメーションソリューション」が38.7%だが、ヘルスケアはそのうちの4割程度であり、医療機器も含まれるので、医薬品、化粧品の貢献度ははるかに低いとみられる。

 将来の糧である医療、収益性の高い短期利益貢献の化粧品という綺麗な事業転換戦略を描くが、実態としては、富士ゼロックスの歴史ある医療画像診断機器、写真フィルム技術から生まれた液晶機器用フィルム事業がベースになっているといえよう。写真や光学カメラは表舞台を去ったが、その技術の上に現在のビジネスがあるという正当な事業発展である。しかし、それではマスコミ受けする華麗な経営戦略にはならない。

 このように見てくると、富士フイルムHDの事業の屋台骨は、富士ゼロックスのビジネスであり、同社頼みであることが明白である。その同社も、プリンタ技術の複合機主体の中で、競合他社に劣るので事業環境は厳しさを増してきている。それゆえに事業再編と1万人規模のリストラが喫緊の課題なのである。屋台骨が傾いたら、医薬品や化粧品などのヘルスケアどころではない。

 そして、グローバル展開を考えると、業績低迷しているとはいえゼロックスと富士ゼロックスを統合し、世界市場を一元的にマネージしていこうという戦略は理解できる。むしろ、3兆円超え企業を視野に入れる富士フイルムHDにとって、ゼロックスとの統合は残された唯一の現実的戦略なのではないか。しかし、この戦略をとると、富士フイルムHDはいっそうドキュメンテーション(複写機・プリンタ)事業に依存することになり、事実上、富士フイルムではなく富士ゼロックスになるという皮肉な事態となる。

 アイカーン氏は、それを見透かしたのではないか。今回の買収合意解消は、買収金額を引き上げるための一芝居であろう。同氏は今回のディール発表後から批判的な発言をしているが、その主張は、富士フイルムHDはゼロックスを過小評価しており、ゼロックスは自前でも企業価値を高めることは可能であるというものである。そして、特別配当は株主の資産から支払われるという、ゼロックスが身銭を切ることにも反対している。また、「由緒ある米国の象徴である企業の経営権を1セントも支払うことなく手に入れる、富士フイルムにとっては驚くべき成果だ」と明らかな皮肉を言っている。要は、買収額の大幅な積み上げ要求ではないか。

 富士フイルムHDもこの話を破談にはできないはずであり、富士ゼロックスの製品に依存している米国ゼロックスも、生き残りを考えると簡単に反故にはできないはずであり、それが和解、上訴、合意解消という迷走を引き起こしている。筆者は、今回の買収合意解消で話は終わることはないとみており、今後の焦点は、ゼロックスの株主を巻き込んでの買収額の積み上げ論争となるのではないか。

トランプの“つぶやき”

 この買収額積み上げ論争にあたって、ひとつ考えられるワイルドカードは、トランプ米大統領の“つぶやき”だろう。

 現在は中国との駆け引きの材料である北朝鮮問題やイラン核合意離脱問題で頭はいっぱいかもしれないが、アメリカのプライドを重視する大統領としては、コピー機の代名詞であったゼロックスが日本企業の軍門に、相手のシナリオ通りに降りることを快くは思ってはいないであろう。今回の買収合意の解消で課題は、ゼロックスの救済必要性と名門ゼロックスの買収価値のバランスとなるであろう。要は、富士フイルムHDが不本意ながら高い値段でゼロックスを買収せざるを得ないかどうかである。ゼロックスは奇しくも、富士フイルムが後塵を拝した巨人コダックと同じく、トランプ大統領の支持基盤であるラストベルトにあるニューヨーク州北部のロチェスターをゆかりの地とする企業である。今のところつぶやきはないが、彼は果たして黙っていられるであろうか。

 6月中旬に予定されているゼロックスの株主総会に向けて、今後の動向に着目したい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

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