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江川紹子の「事件ウオッチ」第124回

【ピエール瀧逮捕余波】誰のための、何のための自粛かーー炎上を恐れて失われるもの

文=江川紹子/ジャーナリスト
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【ピエール瀧逮捕余波】誰のための、何のための自粛かーー炎上を恐れて失われるものの画像1移送されるピエール瀧容疑者(写真:日刊現代/アフロ)

 コカインの使用で逮捕された俳優・ピエール瀧容疑者が出演している映画『麻雀放浪記2020』が予定通り、4月5日からノーカットで公開されることになった。

 配給する東映の多田憲之社長は、公開を決めた理由を、記者会見で次のように述べた。

「あってはならない罪を犯した出演者のひとりのために、作品を待ちわびているお客さまに公開しないという選択肢は取らないという結論に至った」

「劇場での上映は有料であり、鑑賞の意思を持ったお客さまが来場するというクローズドのメディアであり、テレビ放映やCMなどとは性質が異なる」

 実にもっともな理由であり判断だと思う。これで「作品を見る自由」は守られた。今の時期に瀧容疑者の顔など見たくないという人は、見に行かなければいいだけの話だ。

NHKの徹底的な”瀧容疑者消し”

 ネット上などでも、東映の判断は概ね好意的に受け止められている。批判も予想していたのか、この会見で多田社長は「株価が少々下がるかな」と心配していたが、逆に公開決定で株価は上昇。市場も、「出演者の誰かが逮捕されたら作品はお蔵入り」という自粛ムードに一石を投じた判断を評価した。

 要するに、1人の出演者が薬物の自己使用で捕まったからといって、問答無用に作品にペナルティを科す必要はないという、ごく当たり前の判断が、多くの人に支持されているのだと思う。

 しかし、これを英断と評さねばならない今の状況は、実に残念だ。

 瀧容疑者の逮捕以来、過剰ともいえる自粛が続いた。特に、彼の出演作品が多いNHKの対応は徹底していた。大河ドラマ『いだてん』は、再放送分では瀧容疑者の出演シーンをカット。すでに収録済みの回も代役を立てて撮り直す。

 有料動画サービスのNHKオンデマンドは、放送済みの『いだてん』のうち瀧容疑者出演の回を配信停止にしたほか、連続テレビ小説『あまちゃん』『とと姉ちゃん』、大河ドラマ『龍馬伝』のシリーズ全作など5作品を配信停止とした。

 BSプレミアムでは、東日本大震災で被災し運休が続いていた三陸鉄道リアス線が8年ぶりに開通するのを祝って、『あまちゃん』総集編を2回に分けて放送するはずだったが、瀧容疑者が出ている後編の放送はとりやめになった。ネット上には「後編にこそ震災から立ち直ろうとする東北の人たちの姿が描かれているのに」などと、NHKの判断を残念がる声があふれている。

 こうした徹底的な“瀧容疑者消し”は、いったい何のため、誰のためなのか。

 NHKの木田幸紀放送総局長は、記者会見で「公共放送として反社会的な行為を容認する立場を取ることはできない」と説明した。

 しかし、公共性を言うなら、災害からの復興を後押しするのは、公共放送のもっとも大事な使命ではないのか。作品を見たい人たちの「見る自由」はどうなるのか。

 また、『あまちゃん』で瀧容疑者が出演していたシーンをそのまま放送することと、彼の薬物使用を容認することは、決してイコールではない。むしろ無限大ともいえるほどの乖離がある。

 さらに、NHK BSは『ALWAYS 続・三丁目の夕日』など映画2作品の放送もとりやめた。ところが、代わりに放送した米国映画には、コカインとモルヒネの過剰摂取で死亡した男優が出演しており、「筋が通らない」などと疑問の声が挙がっている。

 結局のところ、徹底した“瀧容疑者消し”は、視聴者のためでも公共のためでもなく、声の大きい人たちのクレームを恐れ、コンプライアンス重視を押し出すことで、組織を「炎上」から守ろうという自己防衛、一種の危機管理術なのではないか。

犠牲を強いられる受け手の自由

 NHKは、瀧容疑者の前に、強制性交罪で新井浩文被告が逮捕・起訴され、オンデマンドでの大河ドラマ『真田丸』など10番組の動画配信停止をしたばかりだ。

 新井被告に関しては、民放もドラマの出演場面を代役で撮り直すなどの対応をした。出演映画も、今年6月に公開が予定されていた『台風家族』(市井昌秀監督)は逮捕直後に公開の延期を発表し、今も公開予定は明らかにされていない。今秋公開予定だった主演映画『善悪の屑』(白石晃士監督)は中止が決定された。

 彼の事件では、被害者がおり、テレビ局などが慎重な対応をするのはわからないではない。テレビをつけた時に、加害者の姿を目にして新たに苦痛を受ける、ということもありうるからだ。

 しかし、テレビのワイドショーなどは、逮捕当時や保釈時に、新井被告の映像を流しており、実際に行われている自粛が、被害者保護のためでないことは明らかだ。東映の多田社長の言葉を引くまでもなく、映画は出演者もあらかじめ告知され、見たい人がお金を払って来るわけで、犯罪に関わった者を見たくないという人は避けることができる。放送済み番組のネット配信も同様だ。

『台風家族』は草なぎ剛さんの主演で、新井被告はその弟役。草なぎファンからは「草なぎ君を見たい!」という悲鳴のような声が上がっている。新井被告1人のために、制作者や共演者、さらにはそのファンまでもがペナルティを受けるというのは、おかしいのではないか。この人たちの「見る自由」を奪うことで、得られるものは何なのだろう。ましてや、被害者がいない薬物の自己使用で、過去の作品までお蔵入りにするというのはやりすぎである。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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